都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段
又吾モロモロノ蒼人草イツハリ謀テ、タトヘ善ト思フ共、必天ノ尊ノ怒ヲ受テ、根ノ國ニヲモムカン、正キ心ヲ持テ正惡共、必天ノ神ノ惠アラント、皇太神宮ノ寶敕ナリ、神御納受無コトニ、氏子ヲ苦メ金銀ヲ出サセナバ、神ノ御心ニ背クニアラズヤ、神主ト成者ハ、御神託ニ因テ、神ノ御心ヲ知ルベシ、何事モ御心ヲ知ノ德ニヨル、譬ヘバ禹王ノ有苗ヲ征セシモ、師ヲ班、德ヲ敷ニハ如ザリキ、物ノ成就致ガタキハ、身ノ不德ナリト我ヲ顧バ、恥キコトモ多カルベシ、心ヲ明ニスル爲ニ神ニ仕ヘ、反テ心味クバ、神罰ヲ受ルコト速ナラン、扠佛ノ道ハ五戒ヲ有ニ依テ、佛ノ弟子ニアラズヤ、其ニ寺ノ脩覆ト云ヘバ、內福ノ寺方ニテモ、世間ニ習テ、
新字:又吾モロモロノ蒼人草イツハリ謀テ、タトヘ善ト思フ共、必天ノ尊ノ怒ヲ受テ、根ノ国ニヲモムカン、正キ心ヲ持テ正悪共、必天ノ神ノ恵アラント、皇太神宮ノ宝勅ナリ、神御納受無コトニ、氏子ヲ苦メ金銀ヲ出サセナバ、神ノ御心ニ背クニアラズヤ、神主ト成者ハ、御神託ニ因テ、神ノ御心ヲ知ルベシ、何事モ御心ヲ知ノ徳ニヨル、譬ヘバ禹王ノ有苗ヲ征セシモ、師ヲ班、徳ヲ敷ニハ如ザリキ、物ノ成就致ガタキハ、身ノ不徳ナリト我ヲ顧バ、恥キコトモ多カルベシ、心ヲ明ニスル為ニ神ニ仕ヘ、反テ心味クバ、神罰ヲ受ルコト速ナラン、扠仏ノ道ハ五戒ヲ有ニ依テ、仏ノ弟子ニアラズヤ、其ニ寺ノ脩覆ト云ヘバ、内福ノ寺方ニテモ、世間ニ習テ、
書き下し
又吾もろもろの蒼人草いつはり謀りて、たとへ善と思ふ共、必ず天の尊の怒りを受けて、根の国におもむかん。正しき心を持ちて正しく悪しき共、必ず天の神の恵みあらんと、皇太神宮の宝勅なり。神御納受無きことに、氏子を苦しめ金銀を出させなば、神の御心に背くにあらずや。神主と成る者は、御神託に因りて、神の御心を知るべし。何事も御心を知るの徳による。譬へば禹王の有苗を征せしも、師を班し、徳を敷くには如かざりき。物の成就致しがたきは、身の不徳なりと我を顧みば、恥しきことも多かるべし。心を明らかにする為に神に仕へ、反つて心昧くば、神罰を受くること速かならん。扨て仏の道は五戒を有つに依りて、仏の弟子にあらずや。其れに寺の修覆と云へば、内福の寺方にても、世間に習ひて、
現代語訳
また『もろもろの民が偽り謀って、たとえそれを善だと思っても、必ず天の神の怒りを受けて根の国へ落ちるだろう。正しい心を持っていれば、たとえ悪く見えても、必ず天の神の恵みがあるだろう』というのが、伊勢の皇大神宮の尊いお言葉です。神が受け取られないことのために、氏子を苦しめて金銀を出させれば、神の御心に背くのではありませんか。神主となる者は、御神託によって神の御心を知るべきです。何事も御心を知る徳によるのです。たとえば禹王が有苗を征伐したときも、軍を引き返して徳を広めるほうがまさっていました。物事がうまく成就しないのは自分の不徳だとわが身を顧みれば、恥ずかしいことも多いはずです。心を明らかにするために神に仕えながら、かえって心が暗くなれば、神罰を受けるのは速いでしょう。さて仏の道は、五戒を保つからこそ仏の弟子なのではありませんか。それなのに寺の修繕と言えば、裕福な寺でも世間にならって、
解説

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『慎思録』巻之二造化の人に於けるや、富貴爵禄を靳しまずして、独り徳を靳しむ。此れ造化靳惜に心有るに非ず、自然にして然り。故に富貴なる者は、古今常に多く、賢哲なる者は、古今常に少なし。蓋し徳は是れ天地神秀の気、純粋精美の理にして、鍾会して人身に附与する者なり。夫れ陰陽の気は、霄壌の間に充塞すと雖も、然れども清明粋美なる者は少なし。故に人の生まるる、其の清粋の気を禀受する者甚だ寡し。亦た宜ならずや。此れ君子の常に寡く、小人の常に衆き所以なり。天の命を降すや、人をして徳有りて道を知らしむる者は、是れ天の独り君子を寵異する所にして、富貴爵禄の其の生を厚くする者に百倍す。此れ君子の以て至楽と為して、富貴爵禄を願はざる所以なり。然らば則ち学者は当に貧賤不遇を憂へずして、特に学の講ぜざる、徳の修まらざるを憂ふべきのみ。
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呂氏春秋・精通③德なる者は、萬民の宰なり。月なる者は、群陰の本なり。月望なれば則ち蚌蛤實ち、群陰盈つ。月晦なれば則ち蚌蛤虚しく、群陰虧く。夫れ月、天に形われて、群陰、淵に化す。聖人、德を己に行いて、四方咸仁に飭し。
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『山鹿語類』士道・勵忠孝出て君に仕ふるに徳を不以、入て父兄に仕へて其孝弟に誠あらざらんには、養気存心の用更にあらはれず。抑徳と云は、内に養ひ存する処を、外に用ひて其誠を尽して無不究理、是をなづけて徳とす。養気存心すと云とも、君父にをいて其誠たらずんば、何ぞ其下に及ばん。然れば所養所存、唯空談にして実なし。凡そ聖人の道は普く天下に施し、大小精粗ともに其用足りて、四海其化に及ぶにをいて、初めて道々たり。わづかに一己にてらし一身を清くせんことは、碌々たる小人、言必信じ行必果すの輩也。されば君父につかへ、其可致のつとめ聊不怠して、しかも其理にかなひ、四海安寧に、家内無事にして、常に変に更に滞る処なきときは、天地の覆て無外、のせて無棄にことならず。是大徳に非ずや。故に徳を練る事は、先づ忠孝を励まして其誠を尽し、君父に事る間、天性にしたがひ守て、更に不違を以て本とすべきなり。
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『翁問答』上卷之末体充曰、儒門の心学をきはめずして、軍法に達し軍法をたてゝ、その名たかき大将、倭漢ともに古来多く候へば、心学のみがきなくても、軍法のまなびはなり申べく候、しかるにまづ儒門の心学をきはめてのちに軍法をまなびたるがよしと仰せられ候は不審に存候。師の曰、よきうたがひにて候、大将の才を逞じく生れたる人は、心学のみがきなくても、軍法に達し軍功をば立るといへども、その徳なきゆへに才のたくまじきに迷ひ、必ず人を殺す事を好み、不義無道のふるまひあれば、万民その毒にあたりなげき悲むによつて、終には天罰をかうぶり、其身もほろび国も必ず絶滅するものなり、その証拠はもろこしにても我朝にても、其徳なくて才のみ逞しき大将に、其身難なく子孫繁昌したる人まれなり倭漢の史書にて考へ見るべし、
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『春秋左氏伝』閔公二年 慶父、自ら縊る二年春、虢公犬戎を渭汭に敗る。舟之僑曰く、「德無くして祿あるは、殃なり。殃將に至らんとす」と。遂に晉に奔る。夏、莊公に吉禘す、速やかなるなり。初め、公の傅卜齮の田を奪ふ。公禁ぜず。秋八月辛丑、共仲卜齮をして公を武闈に賊せしむ。成季僖公を以って邾に適く。共仲莒に奔る。乃ち入りて、之を立つ。賂を以って共仲を莒に求む。莒人之を歸す。密に及び、公子魚をして請はしむ。許さず。哭して往く。共仲曰く、「奚斯の聲なり」と。乃ち縊る。閔公は、哀姜の娣叔姜の子なり。故に齊人之を立つ。共仲哀姜に通ず。哀姜之を立てんと欲す。閔公の死するや、哀姜與り知る。故に邾に孫る。齊人取りて之を夷に殺し、其の尸を以って歸る。僖公請ひて之を葬る。成季の將に生まれんとするや、桓公卜楚丘の父をして之を卜せしむ。曰く、「男なり。其の名を友と曰ひ、公の右に在らん。兩社に間はり、公室の輔と爲らん。季氏亡びなば、則ち魯昌えず」と。又之を筮し、《大有》の《乾》に之くに遇ふ。曰く、「同じく父に復り、敬すること君の所の如し」と。生まるるに及び、文の其の手に在る有りて「友」と曰ふ。遂に以って之に命く。
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論衡・『論衡』非韓篇第二十九・徳と力の両方を養う国を治むるの道、養う所二つ有り。一に曰く徳を養う、二に曰く力を養う。徳を養う者は、名の高き人を養い、以て能く賢を敬うを示す。力を養う者は、気力の士を養い、以て能く兵を用うるを明らかにす。此れ所謂文武張り設けられ、徳力具足する者なり。事は或いは徳を以て懐くべく、或いは力を以て摧くべし。外は徳を以て自ら立ち、内は力を以て自ら備う。徳を慕う者は戦わずして服し、徳を犯す者は兵を畏れて却く。徐の偃王は仁義を修行し、陸地に朝する者三十二国、強楚聞きて、兵を挙げて之を滅ぼす。此れ徳の守り有りて、力の備え無き者なり。夫れ徳は独り任じて以て国を治むべからず、力は直ちに任じて以て敵を御すべからざるなり。韓子の術は徳を養わず、偃王の操は力を任ぜず。二者偏駁にして、各おの足らざる有り。