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武士訓 / 卷四・第12段

俗間夜ばなしとて。うちよりのみくひして。夜をあかすものあり。其身は飯酒にあきみちて。こゝろよく見ゆれども。奴僕は外にたゞずみて。暑夜には蚊にくはれ。寒夜にはひえこゞゑてくるしめり。方南山詩に。自縁着得重裘煖。戲拾庭前雪打人と賦せるがごとし。わがあたゝかなるによつて。人のさむさをしらざるなり。慈鎭和尚の歌に。「身をつみて人のいたさぞしられけりいのちはおしきものとしらずや」とよめり。おもひあはすべし。

新字:俗間夜ばなしとて。うちよりのみくひして。夜をあかすものあり。其身は飯酒にあきみちて。こゝろよく見ゆれども。奴僕は外にたゞずみて。暑夜には蚊にくはれ。寒夜にはひえこゞゑてくるしめり。方南山詩に。自縁着得重裘煖。戯拾庭前雪打人と賦せるがごとし。わがあたゝかなるによつて。人のさむさをしらざるなり。慈鎮和尚の歌に。「身をつみて人のいたさぞしられけりいのちはおしきものとしらずや」とよめり。おもひあはすべし。

書き下し

俗間夜ばなしとて。うちよりのみくひして。夜をあかすものあり。其身は飯酒にあきみちて。こゝろよく見ゆれども。奴僕は外にたゞずみて。暑夜には蚊にくはれ。寒夜にはひえこゞゑてくるしめり。方南山詩に。自縁着得重裘煖。戲拾庭前雪打人と賦せるがごとし。わがあたゝかなるによつて。人のさむさをしらざるなり。慈鎭和尚の歌に。「身をつみて人のいたさぞしられけりいのちはおしきものとしらずや」とよめり。おもひあはすべし。

現代語訳

世間で夜話といって、内輪だけで飲み食いして夜を明かす者がいる。その本人は飯と酒に満ち足りて心地よく見えるが、使用人は外に立ちつくして、暑い夜には蚊に食われ、寒い夜には冷え凍えて苦しんでいる。方南山の詩に「自ら重裘の暖かなるを着得るに縁りて、戯れに庭前の雪を拾いて人を打つ」と詠んだとおりである。自分が暖かいために、人の寒さを知らないのである。慈鎮和尚の歌に「身をつみて人のいたさぞしられけるいのちはおしきものとしらずや」と詠んでいる。思い合わせるべきである。

解説

自分の快適さが、人の苦しみを見えなくする、という段です。主人が内輪で酒食に興じる間、使用人は外で蚊や寒さに耐えていると描き、重い毛皮を着て暖かい者が、ふざけて庭の雪を人に投げる詩を引きます。慈鎮の歌は、わが身をつねって初めて人の痛さが分かる、命が惜しいのは誰も同じだ、という趣旨です。使用人を外に立たせる前提は当時のものですが、構図は今も変わりません。会議や飲み会で盛り上がる側が、待たされる側や後片付けを担う側の負担に気づかないことは多く、立場が上の人ほど、自分の快適さを疑う習慣が必要です。

この章句が説くこと

思いやり想像力使用人慈鎮身になる武士訓

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