武士訓 / 卷四・第13段
よき人をも。あしき人をも。わかてるいろなかるべし。たゞし和するとも。流すべからず。和せざれば人にそむく。流せざれば道をうしなはず。むかし韓魏公は。たゞつとめて小人を容。善惡黑白を甚だわかたず。小人いむものすくなし。范富尹は。つねに君子小人をわかたんとする故。小人いみうらむるもの日々にいたるといへり。
新字:よき人をも。あしき人をも。わかてるいろなかるべし。たゞし和するとも。流すべからず。和せざれば人にそむく。流せざれば道をうしなはず。むかし韓魏公は。たゞつとめて小人を容。善悪黒白を甚だわかたず。小人いむものすくなし。范富尹は。つねに君子小人をわかたんとする故。小人いみうらむるもの日々にいたるといへり。
書き下し
よき人をも。あしき人をも。わかてるいろなかるべし。たゞし和するとも。流すべからず。和せざれば人にそむく。流せざれば道をうしなはず。むかし韓魏公は。たゞつとめて小人を容。善惡黑白を甚だわかたず。小人いむものすくなし。范富尹は。つねに君子小人をわかたんとする故。小人いみうらむるもの日々にいたるといへり。
現代語訳
善い人も悪い人も、分け隔てる色があってはならない。ただし、和しても流されてはならない。和さなければ人にそむく。流されなければ道を失わない。昔、韓魏公はただ努めて小人を受け入れ、善悪・黒白をあまり分けなかったので、小人で忌み嫌う者は少なかった。范富尹は、常に君子と小人を分けようとしたので、小人で忌み恨む者が日々に至ったという。
解説
誰とでも和しながら、流されない、という二つを並べた段です。分け隔てなく接しても、同調して道を見失ってはならないと述べ、韓魏公が小人を受け入れて恨まれず、范富尹は君子と小人を分けようとして恨みを買った例を引きます。ここでの「小人」は当時の人物評価の言い方で、人を二つに分ける見方をそのままいま使うことはできません。それでも、白黒を強く示すほど反発が増えるという観察は、組織運営に通じます。評価や指導で線を引くときは、人を裁くのか行いを正すのかを分けて考えると、和と原則を両立させやすくなります。
この章句が説くこと
和して流れず小人韓魏公分け隔て原則武士訓
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