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武士訓 / 卷四・第9段

人に一つのよき事あらば。かならずそれをとるべし。桓公曰。以人之小惡。亡人之大美。此人主之所以失天下之士也已とあり。今の世にはひとつの屑あるものまれなり。ましてや一人にてかねそなへたるものあらんや。薛文清語に。用人當取其長而舍其短。若求備於一人。則世無可用之才矣とあり。干將莫耶の劍。利といへども。草をかるには。鎌にしかず。虎象たけしといへども。鼠をとることは。猫にしかず。隋侯の珠。おもきたからなれども。鳥をうつには。泥丸にしかず。猿よく木にのぼれども。水に入ぬれば。魚鼈にしかず。人の性行短ところあたりといへども。かならず長きところあり。古語に。上工は材をゑらばずといふは。よき匠は。長き木短き木。ともにあつめてすてず。長きをば。ながきを用ひてよろしきところにつかひ。短きをば短ふしてたれるところにつかふ。人も得たるところに用ゆれば。まことに益あり。得ざるところに用ゆれば。あるにかひなきなり。長短をゑらはずして。みだりに人をすつるは。鷹に魚をとらせ。鵜に鳥をとらせて。用にたらずといふにひとし。

新字:人に一つのよき事あらば。かならずそれをとるべし。桓公曰。以人之小悪。亡人之大美。此人主之所以失天下之士也已とあり。今の世にはひとつの屑あるものまれなり。ましてや一人にてかねそなへたるものあらんや。薛文清語に。用人当取其長而舎其短。若求備於一人。則世無可用之才矣とあり。干将莫耶の剣。利といへども。草をかるには。鎌にしかず。虎象たけしといへども。鼠をとることは。猫にしかず。隋侯の珠。おもきたからなれども。鳥をうつには。泥丸にしかず。猿よく木にのぼれども。水に入ぬれば。魚鼈にしかず。人の性行短ところあたりといへども。かならず長きところあり。古語に。上工は材をゑらばずといふは。よき匠は。長き木短き木。ともにあつめてすてず。長きをば。ながきを用ひてよろしきところにつかひ。短きをば短ふしてたれるところにつかふ。人も得たるところに用ゆれば。まことに益あり。得ざるところに用ゆれば。あるにかひなきなり。長短をゑらはずして。みだりに人をすつるは。鷹に魚をとらせ。鵜に鳥をとらせて。用にたらずといふにひとし。

書き下し

人に一つのよき事あらば。かならずそれをとるべし。桓公曰。以人之小惡。亡人之大美。此人主之所以失天下之士也已とあり。今の世にはひとつの屑あるものまれなり。ましてや一人にてかねそなへたるものあらんや。薛文清語に。用人當取其長而舍其短。若求備於一人。則世無可用之才矣とあり。干將莫耶の劍。利といへども。草をかるには。鎌にしかず。虎象たけしといへども。鼠をとることは。猫にしかず。隋侯の珠。おもきたからなれども。鳥をうつには。泥丸にしかず。猿よく木にのぼれども。水に入ぬれば。魚鼈にしかず。人の性行短ところあたりといへども。かならず長きところあり。古語に。上工は材をゑらばずといふは。よき匠は。長き木短き木。ともにあつめてすてず。長きをば。ながきを用ひてよろしきところにつかひ。短きをば短ふしてたれるところにつかふ。人も得たるところに用ゆれば。まことに益あり。得ざるところに用ゆれば。あるにかひなきなり。長短をゑらはずして。みだりに人をすつるは。鷹に魚をとらせ。鵜に鳥をとらせて。用にたらずといふにひとし。

現代語訳

人に一つでも良いところがあれば、必ずそれを取り上げるべきである。桓公は言った。人の小さな悪をもって人の大きな美点を捨てる、これが君主が天下の士を失うゆえんである、と。今の世に、欠点の一つもない者はまれである。まして一人で全てを兼ね備えた者などいるだろうか。薛文清の語に、人を用いるにはその長所を取って短所を捨てるべきで、もし一人に全てを備えることを求めれば、世に用いるべき才はなくなる、とある。干将・莫耶の剣は鋭いけれども、草を刈るには鎌に及ばない。虎や象は強いけれども、鼠を捕ることは猫に及ばない。隋侯の珠は重い宝だが、鳥を撃つには泥の丸に及ばない。猿はよく木に登るが、水に入れば魚や鼈に及ばない。人の性質や行いにも短いところはあるが、必ず長いところもある。古語に「上工は材を選ばず」というのは、良い匠は長い木も短い木もともに集めて捨てず、長いものは長いなりに適した所に使い、短いものは短いなりに、垂れる所に使うということである。人も得意な所に用いれば本当に益があり、不得意な所に用いれば、いてもかいがない。長短を選ばずむやみに人を捨てるのは、鷹に魚を捕らせ、鵜に鳥を捕らせて、役に立たないと言うのと同じである。

解説

長所を取り短所を捨てよ、という人材論の段です。名剣・虎・宝珠・猿を並べ、それぞれが別のものには及ばない例を重ねたうえで、良い匠は長い木も短い木も捨てず、適した場所に使うと説きます。鷹に魚を、鵜に鳥を捕らせて役に立たないと言うようなものだ、という結びも印象的です。短所に目が行くと、人は欠点のない人材を探し続けて、結局誰も使えなくなります。部下の配置で大切なのは、欠点を直すことより、長所が効く持ち場を見つけることでしょう。採用や異動の場面で、一人に全てを求めていないかを確かめたくなる段です。

この章句が説くこと

長所人材登用適材適所短所配置武士訓

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