長短経 / 任長
管仲曰、「升降揖讓、進退閑習、臣不如隰朋、請立以為大行、闢土聚粟、盡地之利、臣不如甯戚、請立以為司田、平原廣牧、車不結轍、士不旋踵、鼓之而三軍之士視死如歸、臣不如王子城父、請立以為大司馬、決獄折中、不殺不辜、不誣不罪、臣不如賓胥無、請立以為大理、犯君顔色、進諫必忠、不避死亡、不撓富貴、臣不如東郭牙、請立以為大諫。君若欲治國强兵、則五子者存焉、若欲霸王、則夷吾在此。」
新字:管仲曰、「升降揖譲、進退閑習、臣不如隰朋、請立以為大行、闢土聚粟、尽地之利、臣不如甯戚、請立以為司田、平原広牧、車不結轍、士不旋踵、鼓之而三軍之士視死如帰、臣不如王子城父、請立以為大司馬、決獄折中、不殺不辜、不誣不罪、臣不如賓胥無、請立以為大理、犯君顔色、進諫必忠、不避死亡、不撓富貴、臣不如東郭牙、請立以為大諫。君若欲治国強兵、則五子者存焉、若欲覇王、則夷吾在此。」
書き下し
管仲曰く「昇降揖譲、進退閑習なるは、臣は隰朋に如かず。請う、立てて以て大行と為せ。土を闢き粟を聚め、地の利を尽くすは、臣は甯戚に如かず。請う、立てて以て司田と為せ。平原広牧、車は轍を結ばず、士は踵を旋らさず、之を鼓して三軍の士、死を視ること帰するが如きは、臣は王子城父に如かず。請う、立てて以て大司馬と為せ。獄を決し中を折り、不辜を殺さず、不罪を誣いざるは、臣は賓胥無に如かず。請う、立てて以て大理と為せ。君の顔色を犯し、諫を進めて必ず忠、死亡を避けず、富貴に撓まざるは、臣は東郭牙に如かず。請う、立てて以て大諫と為せ。君若し国を治め兵を強くせんと欲せば、則ち五子なる者存す。若し覇王たらんと欲せば、則ち夷吾此に在り」と。
現代語訳
管仲はこう言った。「昇り降りや礼の作法、進退の所作に習熟していることでは、私は隰朋に及びません。どうか彼を大行(外交儀礼の長)に立ててください。土地を開き穀物を集め、地の利を尽くすことでは、私は甯戚に及びません。どうか彼を司田(農政の長)に立ててください。広い平原で車が轍を交えず、兵が踵を返さず、太鼓を打てば全軍の兵が死を家に帰るように見る、そんな指揮では、私は王子城父に及びません。どうか彼を大司馬に立ててください。裁判を決して落としどころを見つけ、罪なき者を殺さず、罪のない者を陥れないことでは、私は賓胥無に及びません。どうか彼を大理(司法の長)に立ててください。君主の顔色を恐れず、諌言して必ず忠であり、死を避けず、富貴に屈しないことでは、私は東郭牙に及びません。どうか彼を大諫(諫官の長)に立ててください。君が国を治め兵を強くしたいとお思いなら、この五人がおります。もし覇王となりたいとお思いなら、それは私、夷吾がここにおります」。
解説
この章句が説くこと
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荀子・仲尼篇是くの若くして亡びず、乃ち霸たるは、何ぞや。曰く、於乎、夫の斉の桓公は天下の大節有り。夫れ孰か能く之を亡ぼさん。倓然として管仲の能の以て国を託するに足るを見るは、是れ天下の大知なり。安んじて其の怒りを忘れ、出でて其の讎を忘れ、遂に立てて仲父と為すは、是れ天下の大決なり。立てて以て仲父と為すも、貴戚も之を妒むを敢えてする莫し。之に高・国の位を与うるも、本朝の臣も之を悪むを敢えてする莫し。之に書社三百を与うるも、富人も之を距むを敢えてする莫し。貴賤長少、秩秩焉として、桓公に従いて之を貴び敬わざるは莫し。是れ天下の大節なり。諸侯に一節此くの如き有らば、則ち之を能く亡ぼす莫し。桓公は此の数節を兼ねて尽く之を有つ。夫れ又た何ぞ亡ぶ可けんや。其の霸たるや、宜なるかな。幸いに非ず、数なり。
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『帝範』求賢第三齊(せい)は一匡(いっきょう)の業(ぎょう)を成(な)すこと、實(まこと)に仲父(ちゅうほ)の謀(はかりごと)に資(と)り、漢(かん)は六合(りくごう)を以(も)って家(いへ)と為(な)すこと、是(こ)れ淮陰(わいいん)の䇿(さく)に頼(よ)る。
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『長短経』任長〔議に曰く、魏の桓範云う「帝王の人を用うるは、世を度りて才を授く。争奪の時は書策を先と為し、分定の後は忠義を首と為す。故に晋文は舅犯の計を行いて雍季の言を賞し、高祖は陳平の智を用いて後を周勃に託す」と。古語に云う「守文の代は徳高き者位尊く、倉卒の時は功多き者賞厚し」と。諸葛亮曰く「老子は性を養うに長ず、以て危難に臨む可からず。商鞅は法を理むるに長ず、以て教化に従う可からず。蘇・張は辞を馳するに長ず、以て盟誓を結ぶ可からず。白起は攻取に長ず、以て衆を広くす可からず。子胥は敵を図るに長ず、以て身を謀る可からず。尾生は信を守るに長ず、以て変に応ず可からず。王嘉は明君に遇うに長ず、以て暗主に事う可からず。許子将は臧否を明らかにするに長ず、以て人物を養う可からず」と。此れ長に任ずるの術なり。〕
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呂氏春秋・贊能②管子は束縛せられて魯に在り。桓公、鮑叔を相にせんと欲す。鮑叔曰く、「吾が君、霸王たらんと欲すれば、則ち管夷吾、彼に在り。臣は若かざるなり。」桓公曰く、「夷吾は寡人の賊なり。我を射し者なり。不可なり。」鮑叔曰く、「夷吾は其の君の為に人を射し者なり。君若し得て之を臣とせば、則ち彼も亦た將に君の為に人を射んとせん。」桓公聽かず、強いて鮑叔を相とせんとす。固く辭して相を讓る,桓公果して之を聽く。是に於てか人をして魯に告げしめて曰く、「管夷吾は寡人の讎なり。願わくば之を得て親ら手を加えん。」魯君許諾し、乃ち吏をして其の拳を鞹し、其の目を膠し、之を盛るに鴟夷を以てし、之を車中に置かしむ。齊の境に至るや、桓公、人をして朝車を以て之を迎え、祓うに爟火を以てし、釁するに犧猳を以てし、生かして之と國に如かしむ。有司に命じて廟を除わしめ、筵几して之に薦めて曰く、「孤の夷吾の言を聞きし自り、目は益々明らかに、耳は益々聰なり。孤敢て專らにせず。敢て以て先君に告ぐ。」因りて顧みて管子に命じて曰く、「夷吾、予を佐けよ。」管仲還り走り、再拜稽首して、令を受けて出づ。管子、齊國を治め、事を舉げて功有れば、桓公必ず先づ鮑叔を賞して曰く、「齊國をして管子を得しめし者は、鮑叔なり。」桓公は賞を行うことを知れりと謂う可し。凡そ賞を行うには其の本を欲す。本なれば則ち過ち由りて生ずること無ければなり。
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