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武士訓 / 卷三・第19段

人をえらぶにかたちをもつてさだむべからず。他のことばをもつてきはむべからず。みづからまじはりしたしみて後ならでは。その人のこゝろ知ざるものなり。むかし孔子の匡をすぎ給ふとき。孔子のかたち。よく陽虎ににたまひしかば。匡人陽虎なりとおもひ。とらえて五日置たりとかや。孔子は聖人なり。陽虎は惡人なり。しかれども其かたちひとしければ。あやまつところかくのごとし。又澹臺滅明字は子羽といふ。貌はなはだみにくし。孔子見給ひて。かれは才うすしとおぼせしが。業をうけてのち。名諸侯にふるへり。これによつて孔子われ言をもつて人を取。これを宰我に失す。貌をもつて人をとる。これを子羽に失すとのたまへり。人をしることたやすからんや。

新字:人をえらぶにかたちをもつてさだむべからず。他のことばをもつてきはむべからず。みづからまじはりしたしみて後ならでは。その人のこゝろ知ざるものなり。むかし孔子の匡をすぎ給ふとき。孔子のかたち。よく陽虎ににたまひしかば。匡人陽虎なりとおもひ。とらえて五日置たりとかや。孔子は聖人なり。陽虎は悪人なり。しかれども其かたちひとしければ。あやまつところかくのごとし。又澹台滅明字は子羽といふ。貌はなはだみにくし。孔子見給ひて。かれは才うすしとおぼせしが。業をうけてのち。名諸侯にふるへり。これによつて孔子われ言をもつて人を取。これを宰我に失す。貌をもつて人をとる。これを子羽に失すとのたまへり。人をしることたやすからんや。

書き下し

人をえらぶにかたちをもつてさだむべからず。他のことばをもつてきはむべからず。みづからまじはりしたしみて後ならでは。その人のこゝろ知ざるものなり。むかし孔子の匡をすぎ給ふとき。孔子のかたち。よく陽虎ににたまひしかば。匡人陽虎なりとおもひ。とらえて五日置たりとかや。孔子は聖人なり。陽虎は惡人なり。しかれども其かたちひとしければ。あやまつところかくのごとし。又澹臺滅明字は子羽といふ。貌はなはだみにくし。孔子見給ひて。かれは才うすしとおぼせしが。業をうけてのち。名諸侯にふるへり。これによつて孔子われ言をもつて人を取。これを宰我に失す。貌をもつて人をとる。これを子羽に失すとのたまへり。人をしることたやすからんや。

現代語訳

人を選ぶのに、姿かたちで決めてはなりません。他人の言葉で極めてもなりません。自分で交わり親しんだあとでなければ、その人の心は分からないものです。昔、孔子が匡を過ぎられたとき、孔子の姿が陽虎によく似ていたので、匡の人は陽虎だと思い、捕らえて五日間置いたとかいいます。孔子は聖人、陽虎は悪人ですが、姿が同じだったので、誤ることはこのようになります。また澹台滅明は、字を子羽といい、容貌がはなはだ醜い人でした。孔子は見て、才が薄いとお思いになりましたが、教えを受けたのちに、名は諸侯に鳴り響きました。これによって孔子は、「私は言葉で人を取って宰我で失敗し、容貌で人を取って子羽で失敗した」とおっしゃいました。人を知ることが、たやすいはずがありません。

解説

この段は、人を見抜く難しさを語ります。外見で選んではならず、他人の言葉で決めてもならず、自分で交わって親しんだあとでなければ、人の心は分からないとします。匡の人が孔子を陽虎と取り違えた話は、姿が似れば聖人も悪人に見えるという例です。澹台滅明の話では、孔子ほどの人でも容貌で才が薄いと見誤り、その後の働きで改めたと述べます。孔子が言葉で取った宰我でも誤り、容貌で取った子羽でも誤ったと自ら認める点も重要です。採用面接や評価面談でも、第一印象や紹介者の評判に引きずられる場面があります。見立てに時間と接点を足して、一度の判断を固定しない姿勢が求められます。

この章句が説くこと

人物鑑定第一印象孔子澹台滅明陽虎武士訓

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