武士訓 / 卷三・第8段
ものは通る理あり。通らぬ理あり。たとえば。船を水にうかべ。車を陸にやるは通る理なり。船を陸にやり。車を水に浮るは通らぬすぢなり。物ごとに此こゝろ有べし。
書き下し
ものは通る理あり。通らぬ理あり。たとえば。船を水にうかべ。車を陸にやるは通る理なり。船を陸にやり。車を水に浮るは通らぬすぢなり。物ごとに此こゝろ有べし。
現代語訳
物には通る理と、通らない理があります。たとえば、船を水に浮かべ、車を陸に走らせるのは通る理です。船を陸に走らせ、車を水に浮かべるのは通らない筋です。物事にはこの心があるはずです。
解説
この段は、物には通る理と通らない理があるという、短い譬えです。船は水に、車は陸に、と本来の場に置けば動き、逆にすれば動きません。蟠龍は、この心を物事一般に持つべきだと締めます。前段までの「天道」や「人事を尽くす」に続いて、力ずくでも成らない筋があることを示す位置にあります。いまの仕事に引き寄せれば、人や方法を本来合う場に置けば成果が出る、ということです。得意でない役割に人を当てて苦労している管理職や、自分の持ち場を取り違えている人には、配置と手段を見直す視点になります。努力の量の前に、理に合っているかを問う習慣が役立ちます。
この章句が説くこと
通る理配置筋適材適所理に合う武士訓
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