武士訓 / 卷三・第7段
世俗よろづにものうくして。天道次第といふは非なり。天道はおのれにあり。外にあらず。人事をなしつくして後。天にまかすべし。古語に人事盡處便是命とあるを考しるべし。
新字:世俗よろづにものうくして。天道次第といふは非なり。天道はおのれにあり。外にあらず。人事をなしつくして後。天にまかすべし。古語に人事尽処便是命とあるを考しるべし。
書き下し
世俗よろづにものうくして。天道次第といふは非なり。天道はおのれにあり。外にあらず。人事をなしつくして後。天にまかすべし。古語に人事盡處便是命とあるを考しるべし。
現代語訳
世間は万事に物憂くして、天道しだいだと言いますが、それは誤りです。天道は自分にあり、外にあるのではありません。人事を尽くして後に、天にまかせるべきです。古語に「人事を尽くすところ、すなわちこれ命」とあるのを考え知るべきです。
解説
何事も面倒がって「天道しだい」と言う世間の態度を、蟠龍は誤りだと退けます。天道は自分の内にあり、人事を尽くしたうえで初めて天に任せるのだ、という順序が要点です。引かれた古語は、人としてできることを尽くした先に、命というものがある、という趣旨でしょう。いまの仕事にも、準備や努力を省いて「運次第」「なるようになる」と済ませてしまう場面があります。結果が思うようにならなかったとき、やり尽くしたと言えるかどうかで、次の一手の質は変わります。管理職は、部下に任せる前に自分の尽くすべきことを尽くしているかを問われます。
この章句が説くこと
人事を尽くす天道運任せ責任覚悟武士訓
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