驢鞍橋 / 卷上
只天道に萬事を任せ奉り、正直を守つて私の欲をかわくべからず。然らは亦天道の惠みにて今世後世ともによかるべし。今時得て人の云ふ事也、正直計りにては世間渡られすと。是れ究めたる僻言也。古より正直を守つて餓死したる者を不聞、不正直者こそ古今とも家を崩し身を損する也。又貧をもさのみ嫌ふへからす、貧にして餓死したる者も不聞、富貴の家にこそ横難橫死も多き物也。其上貧福因果定まれり、何ぞ亂に邪欲を思はんや。とも有れちがはば餓死ぬより苦敷事はあらじと思ひ定めて、萬事を放下して一筋に正直を守りて耕作すべき也。人毎に餓死ぬ事を嫌ふが、是程心安き事なし。食ひたいも二三日の間の事也。其後は機遠く成り、眠り入る樣に成り、苦みなく安樂に死する也。總して只死ぬは樂と思はるゝや、腫れて死ぬも苦也、ひつて死ぬも苦也、虫にせき殺るゝも苦也、大熱して死ぬも苦也、一つとして安き死なし。萬死苦病苦の堪えがたき目に逢はんより、中々餓死は樂なる事に非すやと也。
新字:只天道に万事を任せ奉り、正直を守つて私の欲をかわくべからず。然らは亦天道の恵みにて今世後世ともによかるべし。今時得て人の云ふ事也、正直計りにては世間渡られすと。是れ究めたる僻言也。古より正直を守つて餓死したる者を不聞、不正直者こそ古今とも家を崩し身を損する也。又貧をもさのみ嫌ふへからす、貧にして餓死したる者も不聞、富貴の家にこそ横難横死も多き物也。其上貧福因果定まれり、何ぞ乱に邪欲を思はんや。とも有れちがはば餓死ぬより苦敷事はあらじと思ひ定めて、万事を放下して一筋に正直を守りて耕作すべき也。人毎に餓死ぬ事を嫌ふが、是程心安き事なし。食ひたいも二三日の間の事也。其後は機遠く成り、眠り入る様に成り、苦みなく安楽に死する也。総して只死ぬは楽と思はるゝや、腫れて死ぬも苦也、ひつて死ぬも苦也、虫にせき殺るゝも苦也、大熱して死ぬも苦也、一つとして安き死なし。万死苦病苦の堪えがたき目に逢はんより、中々餓死は楽なる事に非すやと也。
書き下し
只天道に万事を任せ奉り、正直を守つて私の欲をかわくべからず。然らは亦天道の恵みにて今世後世ともによかるべし。今時得て人の云ふ事也、正直計りにては世間渡られすと。是れ究めたる僻言也。古より正直を守つて餓死したる者を不聞、不正直者こそ古今とも家を崩し身を損する也。又貧をもさのみ嫌ふへからす、貧にして餓死したる者も不聞、富貴の家にこそ横難横死も多き物也。其上貧福因果定まれり、何ぞ乱に邪欲を思はんや。とも有れちがはば餓死ぬより苦敷事はあらじと思ひ定めて、万事を放下して一筋に正直を守りて耕作すべき也。人毎に餓死ぬ事を嫌ふが、是程心安き事なし。食ひたいも二三日の間の事也。其後は機遠く成り、眠り入る様に成り、苦みなく安楽に死する也。総して只死ぬは楽と思はるゝや、腫れて死ぬも苦也、ひつて死ぬも苦也、虫にせき殺るゝも苦也、大熱して死ぬも苦也、一つとして安き死なし。万死苦病苦の堪えがたき目に逢はんより、中々餓死は楽なる事に非すやと也。
現代語訳
ただ天の道に万事をお任せし、正直を守って、私の欲に渇いてはならない。そうすれば、また天の道の恵みで、今世も後世もよいだろう。今どき人がよく言うことだが、正直ばかりでは世間を渡れない、と。これはきわめた偏った言葉である。昔から正直を守って餓死した者を聞かない。不正直な者こそ、昔も今も家を崩し身を損なうのである。また貧しさもそれほど嫌ってはならない。貧しくて餓死した者も聞かない。富貴の家にこそ、思いがけない災難や非業の死も多いものだ。そのうえ、貧福は因果で定まっている。どうしてむやみに邪な欲を思うことがあろうか。どうなろうとも、餓死より苦しいことはないと思い定めて、万事を放り出して、一筋に正直を守って耕作しなさい。人はみな餓死を嫌うが、これほど安らかなことはない。食べたいのも二、三日の間のことだ。その後は気が遠くなり、眠り入るようになって、苦しみなく安楽に死ぬのである。おおよそ、ただ死ぬのは楽だと思われるか。腫れて死ぬのも苦しい、ひきつって死ぬのも苦しい、虫に咳き殺されるのも苦しい、高熱で死ぬのも苦しい。一つとして楽な死はない。あらゆる死の苦しみや病の苦しみに遭うより、かえって餓死は楽なことではないか、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 伯夷列伝或いは曰く、「天道は親無く、常に善人に与す」と。伯夷・叔斉の若きは、善人と謂ふ可き者か、非ざるか。仁を積み行ひを潔くすること此くの如くして餓死す。且つ七十子の徒、仲尼独り顔淵をのみ薦めて学を好むと為すも、然るに回や、屢々空しく、糟糠にだも厭かずして、卒に蚤夭す。天の善人に報施するは、其れ何如ぞや。盗跖は日々不辜を殺し、人の肉を肝し、暴戻恣睢にして、党を聚むること数千人、天下に横行するも、竟に寿を以て終はる。是れ何の徳に遵ふや。此れ其の尤も大いに彰明較著なる者なり。近世に至るが若きは、操行軌ならず、専ら忌諱を犯し、而も身を終ふるまで逸楽し、富厚にて世を累ぬるも絶えず。或いは地を択びて之を蹈み、時ありて然る後に言を出だし、行ひは径に由らず、公正に非ずんば憤りを発せず、而るに禍災に遇ふ者は、勝げて数ふ可からざるなり。余、甚だ惑ふ。儻くは所謂天道は、是か非か。
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『驢鞍橋』卷上我処に在らば仏行大形にしてなりとも、先つ我書を見分け不審も有らば問ひ窮め置くへきに、文字さへ見分けさるは余り慚愧の事也。只汝は追出して乞食させたるか慈悲なるべし。思ひ切つて世縁をづんと離れ、身を捨て、乞食し、乞出せば食し、若し乞出ずんば餓死せんと思ひ切つて、天道に任せて行脚せは、楽に居て飮喰し、仏行を為したるよりも增しなるへし。必す無縁乞食修行すへしと也。
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『甲陽軍鑑』品第六能人の埋るゝも世のならひ、悪き者うゆるもならひ、善悪をまぜあはするは皆是天道なりと心得べし一丹波国赤井と云男、七歳にて人を伐、赤井悪右衛門と名をよばれ、五畿内におひて己が人数五百千はかりにて敵五千六千をも数度戦て悪右衛門かたずといふことなし一四国阿波の三善修理太夫殿は、
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説苑・說叢天與えて取らざれば、反って其の咎を受く。時至りて迎えざれば、反って其の殃を受く。天地親しむ無く、常に善人に與す。天道常有り、堯の為に存せず、桀の為に亡びず。善を積むの家には、必ず餘慶有り。惡を積むの家には、必ず餘殃有り。一噎の故に、穀を絕ちて食らわず。一蹶の故に、足を卻けて行かず。心天地の如き者は明らかに、行い繩墨の如き者は章らかなり。位高くして道大なる者は從い、事大にして道小なる者は凶なり。言疑わしき者は犯す無く、行い疑わしき者は從う無し。蠹蝝は柱梁を仆し、蚊虻は牛羊を走らす。
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孔子家語・大婚解公曰く、「君子何ぞ天道を貴ぶや。」孔子曰く、「其の已まざるを貴ぶなり。日月東西相従いて已まざるが如きなり。是れ天道なり。閉じずして能く久しき、是れ天道なり。無為にして物成る、是れ天道なり。已に成りて之を明らかにする、是れ天道なり。」公曰く、「寡人且つ愚冥なり、幸いに子の心を煩わさん。」孔子蹴然として席を避けて対えて曰く、「仁人は物に過ぎず、孝子は親に過ぎず。是の故に仁人の親に事うるや天に事うるが如く、天に事うるや親に事うるが如し。此を孝子の身を成すと謂う。」公曰く、「寡人既に此くの如き言を聞く、後の罪を如何せんこと無きか。」孔子対えて曰く、「君子此の言に及ぶは、是れ臣の福なり。」
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孔子家語・六本孔子斉に在り、外館に舎る。景公造く。賓主の辞既に接するや、左右白して曰わく、「周の使い適に至り、先王の廟災すと言う。」景公覆た災は何れの王の廟なるかを問う。孔子曰わく、「此れ必ず厘王の廟ならん。」公曰わく、「何を以て之れを知るや。」孔子曰わく、「詩に云う、『皇皇たる上天、其の命忒わず。天の善を以てするや、必ず其の徳に報ゆ。』禍も亦た之れの如し。夫れ厘王は文武の制を変じ、玄黄華麗の飾りを作り、宮室崇峻に、輿馬奢侈にして、振るう可からず。故に天殃宜しく其の廟に加うべし、是を以て之れを占なうに然りと為す。」公曰わく、「天何ぞ其の身を殃せずして、其の廟に罰を加うるや。」孔子曰わく、「蓋し文武を以ての故なり。若し其の身を殃せば、則ち文武の嗣、乃ち殄びんとするに無からんや。故に当に其の廟を殃すべく、以て其の過ちを彰らかにす。」俄頃にして、左右報じて曰わく、「災する所は、厘王の廟なり。」景公驚き起ちて、再拝して曰わく、「善いかな、聖人の智、人に過ぐること遠し。」