武士訓 / 卷三・第5段
右にいへるごとく形を柔和にするとも。心を懦弱にすることなかれ。形柔和に心懦弱なるは。俗にいふ業平ざふらひにて。諺に唱ふる。男ににたる女はなけれど。女に肖たる男はおほしといふたぐゐにて。何の用にもたちがたきなり(俗に毒にもならず。藥にもならずといふもこれなり。)
新字:右にいへるごとく形を柔和にするとも。心を懦弱にすることなかれ。形柔和に心懦弱なるは。俗にいふ業平ざふらひにて。諺に唱ふる。男ににたる女はなけれど。女に肖たる男はおほしといふたぐゐにて。何の用にもたちがたきなり(俗に毒にもならず。薬にもならずといふもこれなり。)
書き下し
右にいへるごとく形を柔和にするとも。心を懦弱にすることなかれ。形柔和に心懦弱なるは。俗にいふ業平ざふらひにて。諺に唱ふる。男ににたる女はなけれど。女に肖たる男はおほしといふたぐゐにて。何の用にもたちがたきなり(俗に毒にもならず。藥にもならずといふもこれなり。)
現代語訳
右に述べたように、形を柔和にしても、心を懦弱にしてはなりません。形が柔和で心が懦弱なのは、俗にいう業平侍で、諺に「男に似た女はいないが、女に似た男は多い」と唱えるたぐいで、何の役にも立ちません(俗に「毒にも薬にもならない」というのも、これです)。
解説
前の段の「外は和やかに」を受けて、形が柔和でも心まで弱くなってはならない、と念を押す段です。形が柔和で心が懦弱な者を、本文は「業平侍」と呼びます。業平は、和歌の優美さで知られる人物を指す語として、ここでは柔弱な男の譬えに使われているようです。「毒にも薬にもならない」という俗言を添えて、役に立たないという評価を示します。女性についての言い回しは当時の価値観によるもので、現代にそのまま当てはめるものではありません。いまの仕事で言い直すなら、人当たりがよくても、肝心な場面で決断や異論を引き受けない人は、組織に何も残せない、という指摘になります。
この章句が説くこと
柔和と懦弱業平侍決断人当たり毒にも薬にもならない武士訓
関連する章句
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『武訓』下・第11段士となる者、平生は、溫厚和平にして、いかりをおさへ、色をはげしくすべからず。みづから樂しみ、人を愛すべし。されども、常に志をたもち氣を養ひて、義理にいさむべし。變にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。いかなる大事にのぞんでも、かたく此の道を守り、心を動かすべからず。勇氣をふるひおこして、强敵に俄にあひてたゝかふとも、心をしづかにしてうごかすべからず。勇者は、其のかうべをうしなふとも、此の道をわすれずして、心にかなしみうれふべからず。死にのぞんでもおそるまじき理をあきらめ、平生勇氣をやしなふべし。義ありて性剛强なる人は、此の志をたもちやすし。柔弱なる人も、常に義をたつとび、此の志をたもちて失はざるべし。士の子も、わかき時より、武勇に志なければ、節にのぞんで、心つたなくしておそる。四民ともに、常に氣を養ひて、心をうごかさゞる工夫をわするべからず。氣の强弱は、人の生れつきによれども、勇にして節義を守る志は忘るべからず。勇者は、おそれず。又、勇士は、其のかうべをうしなふにわすれずとは、死にのぞむまで、此の義を守る志をわすれずとなり。
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