武訓 / 下・第11段
士となる者、平生は、溫厚和平にして、いかりをおさへ、色をはげしくすべからず。みづから樂しみ、人を愛すべし。されども、常に志をたもち氣を養ひて、義理にいさむべし。變にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。いかなる大事にのぞんでも、かたく此の道を守り、心を動かすべからず。勇氣をふるひおこして、强敵に俄にあひてたゝかふとも、心をしづかにしてうごかすべからず。勇者は、其のかうべをうしなふとも、此の道をわすれずして、心にかなしみうれふべからず。死にのぞんでもおそるまじき理をあきらめ、平生勇氣をやしなふべし。義ありて性剛强なる人は、此の志をたもちやすし。柔弱なる人も、常に義をたつとび、此の志をたもちて失はざるべし。士の子も、わかき時より、武勇に志なければ、節にのぞんで、心つたなくしておそる。四民ともに、常に氣を養ひて、心をうごかさゞる工夫をわするべからず。氣の强弱は、人の生れつきによれども、勇にして節義を守る志は忘るべからず。勇者は、おそれず。又、勇士は、其のかうべをうしなふにわすれずとは、死にのぞむまで、此の義を守る志をわすれずとなり。
新字:士となる者、平生は、温厚和平にして、いかりをおさへ、色をはげしくすべからず。みづから楽しみ、人を愛すべし。されども、常に志をたもち気を養ひて、義理にいさむべし。変にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。いかなる大事にのぞんでも、かたく此の道を守り、心を動かすべからず。勇気をふるひおこして、強敵に俄にあひてたゝかふとも、心をしづかにしてうごかすべからず。勇者は、其のかうべをうしなふとも、此の道をわすれずして、心にかなしみうれふべからず。死にのぞんでもおそるまじき理をあきらめ、平生勇気をやしなふべし。義ありて性剛強なる人は、此の志をたもちやすし。柔弱なる人も、常に義をたつとび、此の志をたもちて失はざるべし。士の子も、わかき時より、武勇に志なければ、節にのぞんで、心つたなくしておそる。四民ともに、常に気を養ひて、心をうごかさゞる工夫をわするべからず。気の強弱は、人の生れつきによれども、勇にして節義を守る志は忘るべからず。勇者は、おそれず。又、勇士は、其のかうべをうしなふにわすれずとは、死にのぞむまで、此の義を守る志をわすれずとなり。
書き下し
士となる者、平生は、溫厚和平にして、いかりをおさへ、色をはげしくすべからず。みづから樂しみ、人を愛すべし。されども、常に志をたもち氣を養ひて、義理にいさむべし。變にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。いかなる大事にのぞんでも、かたく此の道を守り、心を動かすべからず。勇氣をふるひおこして、强敵に俄にあひてたゝかふとも、心をしづかにしてうごかすべからず。勇者は、其のかうべをうしなふとも、此の道をわすれずして、心にかなしみうれふべからず。死にのぞんでもおそるまじき理をあきらめ、平生勇氣をやしなふべし。義ありて性剛强なる人は、此の志をたもちやすし。柔弱なる人も、常に義をたつとび、此の志をたもちて失はざるべし。士の子も、わかき時より、武勇に志なければ、節にのぞんで、心つたなくしておそる。四民ともに、常に氣を養ひて、心をうごかさゞる工夫をわするべからず。氣の强弱は、人の生れつきによれども、勇にして節義を守る志は忘るべからず。勇者は、おそれず。又、勇士は、其のかうべをうしなふにわすれずとは、死にのぞむまで、此の義を守る志をわすれずとなり。
現代語訳
士となる者は、平生は穏やかで温厚、怒りを抑えて、顔色を激しくしてはなりません。みずから楽しみ、人を愛するのがよいのです。しかし、常に志を保ち、気を養って、義理のために勇むべきです。変事に遭っては、平生の志を守り、勇剛を失ってはなりません。どんな大事に臨んでも、固くこの道を守り、心を動かしてはなりません。勇気を奮い起こして、強敵に急に出会って戦うときも、心を静かにして動かしてはなりません。勇者は、その首を失っても、この道を忘れず、心に悲しみ憂えてはなりません。死に臨んでも恐れないための理をよく考え、平生に勇気を養うべきです。義があって性格が剛強な人は、この志を保ちやすいものです。柔弱な人も、常に義を尊び、この志を保って失わないようにするべきです。士の子も、若いときから武勇に志がなければ、節に臨んで、心が拙く恐れます。四民とも、常に気を養って、心を動かさない工夫を忘れてはなりません。気の強弱は、人の生まれつきによりますが、勇にして節義を守る志は忘れてはなりません。「勇者は恐れず」、また「勇士は、その首を失うことを忘れず」とは、死に臨むまでこの義を守る志を忘れないということです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一一度打向へば、最早(もはや)其の道に入りたるなり。名人も人なり、我も人なり、何しに劣るべきかと思ひて、一度志すところが即ち聖人なり。後(のち)に修行して聖人に成り給ふにはあらず。十有五にして学に志すとは、即ち聖人なり。初発心時(しょほっしんじ)辨成正覚(べんじょうしょうがく)ともこれあるなり。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『和俗童子訓』巻之二・総論下一師の教を受け、学問する法は、善を好み行ふを以て、常に志とすべし。学問するは、善を行はんが為なり。人の善を見ては、我が身に取りて行ひ、人の義ある事を聞かば、心にむべなりと思ひ感じて行ふべし。善を見、義を聞きても、我が心に感ぜず、身に取用ひて行はずば、むげに志なく力なしといふべし。我が学問と才力と勝たりとも、人にほこりて自満すべからず。言にあらはしてほこるは、云ふに及ばず、心にもきざすべからず。志は偽り邪なく、誠ありて正しかるべし。心の内は、おほひ曇なく、裏表なく、純一にて、青天白日の如くなるべし。一点も心の内に邪悪をして、裏表あるべからず。志正しきは、万事の本なり。身に行ふ事は正直にして、道にまげず、邪にゆがめる事を行ふべからず。
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説苑・說叢君子は其の備え有れば則ち事無し。君子は愧を以て食らわず、辱を以て得ず。君子は其の志を得るを樂しみ、小人は其の事を得るを樂しむ。君子は其の愛せざる所を以て、其の愛する所に及ぼさず。
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『呻吟語』外篇・聖賢・萬物を遂げんと欲して志自ら遂ぐ萬物の情は、各おの自ら遂げんことを求むる者なり。惟だ聖人の心のみ、則ち萬物を遂げんと欲して志自ら遂ぐ。
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『墨子』魯問魯君、子墨子に謂いて曰く、「我れに二子有り。一人なる者は學を好み、一人なる者は人に財を分かつを好む。孰れを以て太子と為して可ならんか」と。子墨子曰く、「未だ知る可からざるなり。或いは賞を為す所、是を為すに興らんなり。釣る者の恭なるは、魚に賜うが為に非ざるなり。䑕に蟲を以てするは、之を愛するに非ざるなり。吾れ願わくは主君の其の志と功とを合わせて觀んことを」と。
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