武士訓 / 卷二・第5段
士たらんものは。節義をもつぱらたしなみ。一言一行も。武士の道にをいて。不吟味なることなきやうにと心がくべし。口にいつはりをいはず。身にわたくしをかまへず。內すなほに。外かざりなく。禮義たゞしく。作法見だれず。たつときにへつらはず。いやしきをあなどらず。富るにほこらず。まづしきを見すてず。人をそしらず。我をたてず。かげ言中謀いふべからず。
新字:士たらんものは。節義をもつぱらたしなみ。一言一行も。武士の道にをいて。不吟味なることなきやうにと心がくべし。口にいつはりをいはず。身にわたくしをかまへず。内すなほに。外かざりなく。礼義たゞしく。作法見だれず。たつときにへつらはず。いやしきをあなどらず。富るにほこらず。まづしきを見すてず。人をそしらず。我をたてず。かげ言中謀いふべからず。
書き下し
士たらんものは。節義をもつぱらたしなみ。一言一行も。武士の道にをいて。不吟味なることなきやうにと心がくべし。口にいつはりをいはず。身にわたくしをかまへず。內すなほに。外かざりなく。禮義たゞしく。作法見だれず。たつときにへつらはず。いやしきをあなどらず。富るにほこらず。まづしきを見すてず。人をそしらず。我をたてず。かげ言中謀いふべからず。
現代語訳
士たる者は、節義をもっぱらたしなみ、一言一行も武士の道において、吟味を欠くことがないように心がけるべきです。口に偽りを言わず、身に私心を構えず、内はすなおで外に飾りがなく、礼儀は正しく、作法を乱さないこと。貴い人にへつらわず、卑しい者を侮らず、富んでいても誇らず、貧しい者を見捨てないこと。人をそしらず、自分を立てず、かげ口や中傷を言ってはなりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「言に実無きは、不詳(ふしやう)なり。不詳の実は、賢を蔽ふ者之に当たる。」
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