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武士訓 / 卷二・第9段

俗間うまれつき世話にかしこく。たちゐふるまひしとやかに。人のあいさつもよく。物ごと子細ありげにつくろひながら。內心は左もなくて。學問をきらひ。古道をそしり。貞實なるものをば。迂遠とそしり。初心なりとあざけり。うはべは。いつはりかざりて。たのもしきよき人といはれんとて。たくみあやなすものあり。又うはべものしづかに。いふべきこともひかえ。たとえば。白さを問ば。白からんと答え。黑を問ば黑さやうなりと答え。是非善惡をわかちいはず。何事をもつけやりにして。尤といふものあり。かくおもねりへつらへば。萬人にもさかはぬ故。よき人がらなりと。稱美するもの多し。是等を俗に日和見士滅金士ともいふなり。又生つきやはらかにして。才智なく。忠孝をわきまへず。禮法をしらず。家業にうとく。よろづにものうく。ものむつかしがりをなし。つねになすこととては。三線をひき。小うたをうたひ。色におぼれ。酒をのみて。歲月をすごすものあり。凡そ犬有守夜之警。鷄有司晨之益。貍頭愈鼠。鷄頭已瘻。虻散積血。啄木愈齲といへば。かゝる屑なき人は。禽獸虫魚にもしかずといふべし。

新字:俗間うまれつき世話にかしこく。たちゐふるまひしとやかに。人のあいさつもよく。物ごと子細ありげにつくろひながら。内心は左もなくて。学問をきらひ。古道をそしり。貞実なるものをば。迂遠とそしり。初心なりとあざけり。うはべは。いつはりかざりて。たのもしきよき人といはれんとて。たくみあやなすものあり。又うはべものしづかに。いふべきこともひかえ。たとえば。白さを問ば。白からんと答え。黒を問ば黒さやうなりと答え。是非善悪をわかちいはず。何事をもつけやりにして。尤といふものあり。かくおもねりへつらへば。万人にもさかはぬ故。よき人がらなりと。称美するもの多し。是等を俗に日和見士滅金士ともいふなり。又生つきやはらかにして。才智なく。忠孝をわきまへず。礼法をしらず。家業にうとく。よろづにものうく。ものむつかしがりをなし。つねになすこととては。三線をひき。小うたをうたひ。色におぼれ。酒をのみて。歳月をすごすものあり。凡そ犬有守夜之警。鶏有司晨之益。貍頭愈鼠。鶏頭已瘻。虻散積血。啄木愈齲といへば。かゝる屑なき人は。禽獣虫魚にもしかずといふべし。

書き下し

俗間うまれつき世話にかしこく。たちゐふるまひしとやかに。人のあいさつもよく。物ごと子細ありげにつくろひながら。內心は左もなくて。學問をきらひ。古道をそしり。貞實なるものをば。迂遠とそしり。初心なりとあざけり。うはべは。いつはりかざりて。たのもしきよき人といはれんとて。たくみあやなすものあり。又うはべものしづかに。いふべきこともひかえ。たとえば。白さを問ば。白からんと答え。黑を問ば黑さやうなりと答え。是非善惡をわかちいはず。何事をもつけやりにして。尤といふものあり。かくおもねりへつらへば。萬人にもさかはぬ故。よき人がらなりと。稱美するもの多し。是等を俗に日和見士滅金士ともいふなり。又生つきやはらかにして。才智なく。忠孝をわきまへず。禮法をしらず。家業にうとく。よろづにものうく。ものむつかしがりをなし。つねになすこととては。三線をひき。小うたをうたひ。色におぼれ。酒をのみて。歲月をすごすものあり。凡そ犬有守夜之警。鷄有司晨之益。貍頭愈鼠。鷄頭已瘻。虻散積血。啄木愈齲といへば。かゝる屑なき人は。禽獸虫魚にもしかずといふべし。

現代語訳

世間には、生まれつき世渡りに賢く、立ち居振る舞いもしとやかで、人への挨拶もよく、物事に子細がありげに取り繕いながら、内心はそうでもなく、学問を嫌い、古い道をそしり、誠実な者を「迂遠だ」とそしり、「初心だ」とあざける者がいます。うわべは偽り飾って、頼もしい良い人と言われようと、巧みに取り繕うのです。また、うわべは物静かで、言うべきこともひかえ、たとえば白いかと問われれば白いでしょうと答え、黒いかと問われれば黒いようですと答え、是非善悪を分けて言わず、何事も聞き流して「ごもっとも」と言う者もいます。このように人に媚びへつらえば、万人に逆らわないので、人柄がよいと称える者も多くなります。こうした者は俗に日和見士、滅金士とも言います。また、生まれつきやわらかで、才知がなく、忠孝をわきまえず、礼法を知らず、家業に疎く、万事に物憂く面倒がり、いつもすることといえば三味線を弾き、小唄をうたい、色に溺れ、酒を飲んで歳月を過ごす者もいます。犬には夜を守る警戒があり、鶏には朝を告げる益があり、狸の頭は鼠を治し、鶏の頭は瘻を治し、虻は積もった血を散らし、啄木鳥は虫歯を治す、と言いますから、このような役に立たない人は、鳥獣虫魚にも及ばないと言うべきです。

解説

この長い段は、上辺だけ取り繕う者、誰にも逆らわず「ごもっとも」と言う者、遊興で日を送る者という三つの型の士を挙げて退けます。白と問われれば白、黒と問われれば黒と答える者を、本文は「日和見士」「滅金士」と呼びます。滅金とは、金めっきのように見た目だけ立派なもののことでしょう。最後の犬・鶏・虻などの例は、動物にさえ役目があるのに、と手厳しく突き放す言い方で、当時の語り口の強さをそのまま示しています。いまの職場にも、会議で是非を言わず誰にも同調する人は、波風を立てない半面、判断の材料を残しません。管理職が自分の意見の有無を点検する手がかりになります。

この章句が説くこと

日和見迎合是非善悪うわべの飾り役目武士訓

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