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武士訓 / 卷三・第1段

武士たらんものは。いねても席を安ぜざる嗜あるべきものなり。むかし河內前司源賴信といふ人は。多田滿仲の子にて。賴光の弟なり。しかるに賴信のしれる人。東國にありしが。よき馬もてるときゝて。こはるゝに則まいらせければ。賴信郎等共をくだして。馬をひきのぼせらる。賴信の嫡子賴義は他所に住せられしが。父のもとによき馬のぼりぬときゝ。こひうけむと思ひてゆかれけるに。賴信やがて推察して。賴義のいまだいひ出さゞるに。わがもとに。今宵東國より馬をひきのぼせたり。明朝見て。こゝろにつかば。取てのるべしなどいひて。宵のほどは物がたりどもし。夜ふけぬれば。賴信寢所にいり。賴義もかたはらによりて臥居たり。折しも終夜雨ふりて。物をともきゝ分がたきに。廐のかたにこゑありて。盗賊夜前の御馬を。取てまかりぬとよばゝる。

新字:武士たらんものは。いねても席を安ぜざる嗜あるべきものなり。むかし河内前司源頼信といふ人は。多田満仲の子にて。頼光の弟なり。しかるに頼信のしれる人。東国にありしが。よき馬もてるときゝて。こはるゝに則まいらせければ。頼信郎等共をくだして。馬をひきのぼせらる。頼信の嫡子頼義は他所に住せられしが。父のもとによき馬のぼりぬときゝ。こひうけむと思ひてゆかれけるに。頼信やがて推察して。頼義のいまだいひ出さゞるに。わがもとに。今宵東国より馬をひきのぼせたり。明朝見て。こゝろにつかば。取てのるべしなどいひて。宵のほどは物がたりどもし。夜ふけぬれば。頼信寝所にいり。頼義もかたはらによりて臥居たり。折しも終夜雨ふりて。物をともきゝ分がたきに。厩のかたにこゑありて。盗賊夜前の御馬を。取てまかりぬとよばゝる。

書き下し

武士たらんものは。いねても席を安ぜざる嗜あるべきものなり。むかし河內前司源賴信といふ人は。多田滿仲の子にて。賴光の弟なり。しかるに賴信のしれる人。東國にありしが。よき馬もてるときゝて。こはるゝに則まいらせければ。賴信郎等共をくだして。馬をひきのぼせらる。賴信の嫡子賴義は他所に住せられしが。父のもとによき馬のぼりぬときゝ。こひうけむと思ひてゆかれけるに。賴信やがて推察して。賴義のいまだいひ出さゞるに。わがもとに。今宵東國より馬をひきのぼせたり。明朝見て。こゝろにつかば。取てのるべしなどいひて。宵のほどは物がたりどもし。夜ふけぬれば。賴信寢所にいり。賴義もかたはらによりて臥居たり。折しも終夜雨ふりて。物をともきゝ分がたきに。廐のかたにこゑありて。盗賊夜前の御馬を。取てまかりぬとよばゝる。

現代語訳

武士たる者は、寝ていても席を安んじないたしなみがあるべきです。昔、河内前司源頼信という人は、多田満仲の子で、頼光の弟でした。この頼信の知人が東国にいて、よい馬を持っていると聞き、請うと、すぐに差し出したので、頼信は郎等たちを遣わして馬を引き上らせました。頼信の嫡子頼義は他所に住んでいましたが、父のもとによい馬が上ってきたと聞き、もらい受けようと思って行かれたところ、頼信はすぐに察して、頼義がまだ言い出さないうちに、わが家に今宵東国から馬を引き上らせた、明朝見て、気に入れば取って乗るがよい、などと言って、宵のうちは物語などをし、夜が更けると頼信は寝所に入り、頼義もそばに寄って横になりました。折しも一晩中雨が降って、物音も聞き分けがたいなか、厩のほうで声があり、盗賊が昨夜の御馬を取って逃げました、と叫ぶのでした。

解説

武士は寝ていても席を安んじない、という心がまえを示す逸話の前半です。頼信は東国から届いた良馬を、息子の頼義に翌朝見せると約束して床につきます。夜通しの雨で物音も聞き分けにくいなか、厩から盗賊の知らせが響きます。この段は話の導入で、頼信・頼義の動きは次の段に続きます。注目したいのは、雨や夜という悪条件でも、備えが解けていないことを前提にしている点です。今の仕事でも、休んでいる間にも事が動く場面はあります。連絡手段や代行の体制を平時に整えておくことが、心の落ち着きにつながります。

この章句が説くこと

席を安んじず備え頼信不意の事日頃の心がまえ武士訓

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