武士訓 / 卷二・第12段
親類などおちぶれて。其日のとをりがたきあらば。朝夕の糧をわかちてなりともすくふべし。すべて人は。主君の前もよく。ときめくときは。他人までもしたしみ。不幸にしておちぶれぬれば。親類だもうとくなる。況や他人をや。菅家の歌に「あはれわれうき今までのともぞなき人のなさけは世にありしほど」。さふらひは。人のさかえたるときより。おちめになれる折から。たのもしくねんごろにすべし。さすがに祿につきるものは。まづしくても。渇命には及ばぬなり。或は。從兄弟再從兄弟といへども。我父祖父の兄弟よりわかれたり。父祖父をして見せしめば。同くその子なれば。いづれと差別あるべからず。范文正公語に。吾呉中宗族甚衆。於吾固有親疎也。然吾祖宗視之則均是子孫固無親疎也とあるごとし。たとひ他人なりとも。つねにむつまじくば。こゝろのおよぶかぎりすくふべし。
新字:親類などおちぶれて。其日のとをりがたきあらば。朝夕の糧をわかちてなりともすくふべし。すべて人は。主君の前もよく。ときめくときは。他人までもしたしみ。不幸にしておちぶれぬれば。親類だもうとくなる。況や他人をや。菅家の歌に「あはれわれうき今までのともぞなき人のなさけは世にありしほど」。さふらひは。人のさかえたるときより。おちめになれる折から。たのもしくねんごろにすべし。さすがに禄につきるものは。まづしくても。渇命には及ばぬなり。或は。従兄弟再従兄弟といへども。我父祖父の兄弟よりわかれたり。父祖父をして見せしめば。同くその子なれば。いづれと差別あるべからず。范文正公語に。吾呉中宗族甚衆。於吾固有親疎也。然吾祖宗視之則均是子孫固無親疎也とあるごとし。たとひ他人なりとも。つねにむつまじくば。こゝろのおよぶかぎりすくふべし。
書き下し
親類などおちぶれて。其日のとをりがたきあらば。朝夕の糧をわかちてなりともすくふべし。すべて人は。主君の前もよく。ときめくときは。他人までもしたしみ。不幸にしておちぶれぬれば。親類だもうとくなる。況や他人をや。菅家の歌に「あはれわれうき今までのともぞなき人のなさけは世にありしほど」。さふらひは。人のさかえたるときより。おちめになれる折から。たのもしくねんごろにすべし。さすがに祿につきるものは。まづしくても。渇命には及ばぬなり。或は。從兄弟再從兄弟といへども。我父祖父の兄弟よりわかれたり。父祖父をして見せしめば。同くその子なれば。いづれと差別あるべからず。范文正公語に。吾呉中宗族甚衆。於吾固有親疎也。然吾祖宗視之則均是子孫固無親疎也とあるごとし。たとひ他人なりとも。つねにむつまじくば。こゝろのおよぶかぎりすくふべし。
現代語訳
親類などが落ちぶれて、その日の暮らしも立ちがたい者があれば、朝夕の糧を分けてでも救うべきです。すべて人は、主君の前でも評判がよく、時めいているときは、他人までも親しむのに、不幸にして落ちぶれると、親類でさえ疎くなります。ましてや他人はなおさらです。菅公の歌に「あはれわれうき今までのともぞなき人のなさけは世にありしほど」とあります。さむらいは、人が栄えているときよりも、落ち目になったときにこそ、頼もしく懇ろにすべきです。さすがに禄に尽きる者は、貧しくても飢え死にには及ばないものです。あるいは、従兄弟や再従兄弟といっても、自分の父祖父の兄弟から分かれたものです。父祖父に見せれば、同じくその子孫なので、どちらと差別するはずがありません。范文正公の語に、私の呉中の宗族はたいへん多く、私にとってはもとより親疎があるが、私の祖先から見れば皆等しく子孫であり、もとより親疎はない、とあるとおりです。たとえ他人であっても、常に親しくしていたなら、心の及ぶかぎり救うべきです。
解説
この章句が説くこと
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