武士訓 / 卷二・第6段
古語に。衣垢つきたるをあらはず。器かけたるを補ざるをば。人に見することをはづれども。行あかつきたるをあらはず。德かけたるを補ずして。天に對しても。恥ることなきはなんぞやといへり。おもふに世に刀をためし。甲をためすものありといへども。いまだ心をためし。身をためすものをきかず。外をしつて內をわきまへず。本をすてゝ末をとる。まどえるにふらずや。
新字:古語に。衣垢つきたるをあらはず。器かけたるを補ざるをば。人に見することをはづれども。行あかつきたるをあらはず。徳かけたるを補ずして。天に対しても。恥ることなきはなんぞやといへり。おもふに世に刀をためし。甲をためすものありといへども。いまだ心をためし。身をためすものをきかず。外をしつて内をわきまへず。本をすてゝ末をとる。まどえるにふらずや。
書き下し
古語に。衣垢つきたるをあらはず。器かけたるを補ざるをば。人に見することをはづれども。行あかつきたるをあらはず。德かけたるを補ずして。天に對しても。恥ることなきはなんぞやといへり。おもふに世に刀をためし。甲をためすものありといへども。いまだ心をためし。身をためすものをきかず。外をしつて內をわきまへず。本をすてゝ末をとる。まどえるにふらずや。
現代語訳
古い言葉に、衣の垢がついていても洗わず、器が欠けていても繕わないのを、人に見られることは恥じるのに、行いに垢がついていても洗わず、徳が欠けていても補わないまま、天に対して恥じることがないのはなぜか、とあります。思うに、世には刀を試し、甲冑を試す者はいても、心を試し、身を試す者がいるとはまだ聞きません。外を知って内をわきまえず、本を捨てて末を取る。これは迷っているのではないでしょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓下一武に本末あり。知仁勇の徳は本なり。武徳なければ武の道立たず。弓馬刀鎗の類のわざは芸なり、末なり。武芸なければ敵と戦ひがたし。夫知仁勇の三徳は、大将、士卒、皆たつとぶべし。知なくしては兵を用ひがたし。仁なければ士卒そむきてしたがはず。忠孝を行はず、義理にそむき、敵をたひらげ、民をやすんずることなし。利欲によつて乱をおこし、かへつて害となる。勇なければ仁義忠孝のはげみなく、敵をうちたひらぐるにちからなし。故に、知仁の道も勇なければ行はれず。凡此三の者は武の徳なれば、一も闕けぬれば武の道立たず。又弓馬刀鎗の芸を知らざれば、徳ありても、戦にのぞみて敵に勝つことかたし。故に兵を用ふるには、大将も士卒も、武芸を知らずんばあるべからず。但、大将は芸に専なるべからず。本を本とし末を末とすべし。
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礼記・楽記楽なる者は、黄鐘(こうしょう)大呂(たいりょ)弦歌干揚の謂いに非ざるなり。楽の末節なり、故に童者之を舞う。筵席を鋪(し)き、尊俎(そんそ)を陳(つら)ね、籩豆(へんとう)を列ね、升降を以て礼と為す者は、礼の末節なり、故に有司之を掌る。楽師は声詩を辨ず、故に北面して弦す。宗祝は宗廟の礼を辨ず、故に尸に後(おく)る。商祝は喪礼を辨ず、故に主人に後る。是の故に徳成りて上り、芸成りて下り、行成りて先んじ、事成りて後る。是の故に先王は上有り下有り、先有り後有りて、然る後に以て天下に制有るべきなり。
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『翁問答』上卷之末体充曰、左様候はゞ武芸文芸はいらぬものにて御座候や。師の曰、それは悪しき心得にて候本を捨てゝ末ばかりを求め学ぶ僻事なりといふ事にて候、根本の仁義を立ての上に文芸武芸に長じぬるは、本末兼備はる多能の君子にて、世俗の諺にいへる花も実もある人なり、本立つての上には文芸武芸ことのほか重宝なり、本末先後のこゝろへ簡要にて候。体充曰、本末兼備はる事ならざるものは、いかゞ仕り候はんや。師の曰、末を捨てゝ本を学びたるがよく候、文芸をしらずして文道をよく行ひ、武芸をしらずして武功を樹てたる人古来多し、これみな本を第一に勤めたる故にて候、よくよく心得べき事なり。
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『講孟余話』盡心上 第四十三章師弟朋友は皆徳を以て交はる者なり、挟む所あるべからず。此の章、万章下篇第三章と并せ考ふべし。「已むべからざるに於て已む者は、已まざる所なし。厚くする所の者に於て薄くすれば、薄くせざる所なし」と云ふは、大学に「其の本乱れて末治まる者は否ず。其の厚くする所の者薄くして、其の薄くする所の者厚きは、未だ之れ有らざるなり」と云ふと同義なり。宜しく大学を以て解とすべし。
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『弁名』文質體用本末本末は猶ほ源流のごときなり。凡そ所謂本なる者は、皆其の功を施す所の始めを謂ふなり。「天下の本は国に在り、国の本は家に在り」の如き、皆是なり。後世本体・本心の説有るは、古書に無き所なり。「孝弟なる者は其れ仁の本たるか」の如き、亦た仁政を行ふは必ず孝弟より始むるを言ふなり。「喜怒の未だ発せざる、之を中と謂ふ。中なる者は天下の大本なり」の如き、乃ち聖人の道を立つるに、人の性に率ひて以て之を立つるを言ふ。亦た道の由りて始まる所を語るのみ。体用の説は古に無き所なり。仁斎先生之を辨ず、是と為す。礼運に「仁なる者は順の体なり」と曰ひ、燕義に「和寧は礼の用なり」と曰ふが如き、皆順を体し、礼を用ふるを謂ふのみ。
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新語・術事故に性は人に蔵れば、則ち気は天に達し、纖微浩大、下学上達す。事は類を以て相従い、声は音を以て相応ず。道唱えて徳和し、仁立ちて義興る。王者は之を朝廷に行い、疋夫は之を田に行う。末を治むる者は其の本を調え、其の影を端しくする者は其の形を正す。其の根を養う者は則ち枝葉茂り、志気調う者は即ち道沖たり。故に遠きを求むる者は近きを失う可からず、影を治むる者は其の容を忘る可からず。上明らかにして下清く、君聖にして臣忠なり。或いは遠きを図りて近きを失い、或いは道塞がりて路窮まる。季孫は顓臾の地を貪りて、変は蕭牆の内に起こる。夫れ進取する者は難を顧みざる可からず、事を謀る者は忠を尽くさざる可からず。故に刑立てば則ち徳散じ、佞用いらるれば則ち忠亡ぶ。詩に云う、「式て爾の心を訛し、以て万邦を蓄う」と。一心天下を化して、□□国治まるを言うは、此れを之れ謂うなり。
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