慎思録 / 巻之二
匡衡論治性正家疏。及戒妃匹勸經學疏。其立論本經術。其說頗純正。而有理。朱子詩傳。復取其說。眞西山以謂。可爲仲舒之亞。宜哉。可惜其素行與學術相乖戾。可謂不能履其言也。
新字:匡衡論治性正家疏。及戒妃匹勧経学疏。其立論本経術。其説頗純正。而有理。朱子詩伝。復取其説。真西山以謂。可為仲舒之亜。宜哉。可惜其素行与学術相乖戻。可謂不能履其言也。
書き下し
匡衡の治性正家を論ずるの疏、及び妃匹を戒め経学を勧むるの疏、其の立論は経術に本づき、其の説は頗る純正にして理有り。朱子の詩伝も、復た其の説を取る。真西山以謂へらく、仲舒の亜為るべし、と。宜なるかな。惜しむべきは其の素行と学術と相乖戻す。其の言を履むこと能はずと謂ふべきなり。
現代語訳
匡衡が性を治め家を正すことを論じた上奏文、また后妃の選びを戒め経学を勧めた上奏文は、その論が経書の学問にもとづいていて、説はたいへん純正で理があります。朱子の『詩集伝』もまたその説を取っています。真西山(真徳秀)は「董仲舒に次ぐものとすべきだ」と言いました。もっともなことです。惜しいのは、その日頃の行いと学問とが食い違っていたことです。自分の言葉を実践できなかったと言うべきです。
解説
前漢の元帝のときの学者で宰相となった匡衡を評した条です。匡衡は若いころ壁に穴をあけて隣家の灯りで読書した「鑿壁偸光」の故事で知られますが、『漢書』匡衡伝によれば、宰相になってから領地の境を偽って広げ、罪を問われて庶人に落とされました。立派な上奏文を書いた人が、自分の行いでそれを裏切ったわけです。宋の真徳秀の評価を認めつつ、言と行の食い違いを惜しむ益軒の筆は、理念を語る人ほど自らの行いを問われる、という戒めになっています。
この章句が説くこと
言行学術匡衡実践戒め
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