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武士訓 / 卷一・第14段

生涯不遇にして。世をすごすものあれば。そしりあざけりて。かれが分際にては。かくこそあらんなどいふは非なり。倉庚の春に鳴。蜩螗の夏に鳴。蟋蟀の秋に吟。蟻子の陰にたゝかふは。時を得ればなり。たかきにのぼりて梯をたつれば。いづかたよりも見え。風にしたがふて鐸をふれば。遠くきこゆるなり。千鈞のおもきも船にのすればうかび。錙銖のかろきも船をうしなへばしづむがごとく。人も一時の用捨によりて。靑雲にものぼり。深淵にもしづむなり。用るときは鼠も虎となり。用ざるときは虎も鼠となるといへるもひとし。

新字:生涯不遇にして。世をすごすものあれば。そしりあざけりて。かれが分際にては。かくこそあらんなどいふは非なり。倉庚の春に鳴。蜩螗の夏に鳴。蟋蟀の秋に吟。蟻子の陰にたゝかふは。時を得ればなり。たかきにのぼりて梯をたつれば。いづかたよりも見え。風にしたがふて鐸をふれば。遠くきこゆるなり。千鈞のおもきも船にのすればうかび。錙銖のかろきも船をうしなへばしづむがごとく。人も一時の用捨によりて。青雲にものぼり。深淵にもしづむなり。用るときは鼠も虎となり。用ざるときは虎も鼠となるといへるもひとし。

書き下し

生涯不遇にして。世をすごすものあれば。そしりあざけりて。かれが分際にては。かくこそあらんなどいふは非なり。倉庚の春に鳴。蜩螗の夏に鳴。蟋蟀の秋に吟。蟻子の陰にたゝかふは。時を得ればなり。たかきにのぼりて梯をたつれば。いづかたよりも見え。風にしたがふて鐸をふれば。遠くきこゆるなり。千鈞のおもきも船にのすればうかび。錙銖のかろきも船をうしなへばしづむがごとく。人も一時の用捨によりて。靑雲にものぼり。深淵にもしづむなり。用るときは鼠も虎となり。用ざるときは虎も鼠となるといへるもひとし。

現代語訳

生涯不遇のまま世を過ごす者がいれば、そしりあざけり、「あの身分ではこうもあろう」などと言うのは間違いです。倉庚が春に鳴き、蜩螗が夏に鳴き、蟋蟀が秋に吟じ、蟻が陰で戦うのは、時を得ているからです。高い所に登ってはしごを立てれば、どこからでも見え、風に従って鐸を振れば、遠くに聞こえます。千鈞の重さも船に載せれば浮かび、錙銖の軽さでも船を失えば沈むように、人も一時の用捨によって、青雲にも昇り、深淵にも沈みます。用いるときは鼠も虎となり、用いないときは虎も鼠となるといわれるのも同じです。

解説

不遇のまま世を過ごす人を、身分相応だとそしるのは間違いだ、と説く段です。鳥や虫が季節ごとに鳴くのは時を得ているからで、人も一時の用いられ方で青雲にも深淵にも沈む、という喩えが並びます。千鈞の重さも船に載せれば浮き、軽い物も船を失えば沈む、用いるときは鼠も虎となり、用いないときは虎も鼠となる、という言い方が核心です。評価は才能だけでなく、巡り合わせや使う側の判断に左右される、という見方です。管理職にとっては、目立たない部下を能力不足と決めつけず、活かす場を替えてみる姿勢につながります。

この章句が説くこと

用捨時を得る鼠と虎適材適所不遇の人武士訓

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