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武士訓 / 卷一・第15段

父母につかふるに。もつぱら孝をつくし。兄弟をあはれみ。少しのゆかりあるものまでも。すぢめをたがえず。朋友にまじはるに。まことをもつてし。一言もいつはらざるやうにすべし。若約束などせば。かならず其とぢめをあはすべし。約諾不定なるべく覺えば。かねてより麤忽に約すべからず。信なくしては。人といひがたし。平生こゝろをつけて毎事皆信にと思ふべし。人はよろづてのむ所によること。花ずきのところに。もろ〳〵の花あつまるごとし。信をてのむこゝろやまざれば。信のみになるものなり。むかし河內守源賴信上野守にて任國にあるとき。其乳母子兵衛尉藤原親孝といふ者の家に。盜賊をとらえ。押こめて置しが。いかゞしけんまぬかれて。逃むとしけるが。去べきやうやなかりけん。親孝が男子の五六歲ばかりなるを人質に取り。膝の下に押え。刀を腹にあてゝひかへたり。折ふし親孝は賴信の館に居けるに。家人來りて。かくと告しかば。はしりかへりて見けれども。すべきやうなし。館にゆきて。なく〳〵賴信に申ければ。賴信かの所に行て見らるゝに。盜賊刀を兒にさしあてゝ。

新字:父母につかふるに。もつぱら孝をつくし。兄弟をあはれみ。少しのゆかりあるものまでも。すぢめをたがえず。朋友にまじはるに。まことをもつてし。一言もいつはらざるやうにすべし。若約束などせば。かならず其とぢめをあはすべし。約諾不定なるべく覚えば。かねてより麤忽に約すべからず。信なくしては。人といひがたし。平生こゝろをつけて毎事皆信にと思ふべし。人はよろづてのむ所によること。花ずきのところに。もろ〳〵の花あつまるごとし。信をてのむこゝろやまざれば。信のみになるものなり。むかし河内守源頼信上野守にて任国にあるとき。其乳母子兵衛尉藤原親孝といふ者の家に。盗賊をとらえ。押こめて置しが。いかゞしけんまぬかれて。逃むとしけるが。去べきやうやなかりけん。親孝が男子の五六歳ばかりなるを人質に取り。膝の下に押え。刀を腹にあてゝひかへたり。折ふし親孝は頼信の館に居けるに。家人来りて。かくと告しかば。はしりかへりて見けれども。すべきやうなし。館にゆきて。なく〳〵頼信に申ければ。頼信かの所に行て見らるゝに。盗賊刀を児にさしあてゝ。

書き下し

父母につかふるに。もつぱら孝をつくし。兄弟をあはれみ。少しのゆかりあるものまでも。すぢめをたがえず。朋友にまじはるに。まことをもつてし。一言もいつはらざるやうにすべし。若約束などせば。かならず其とぢめをあはすべし。約諾不定なるべく覺えば。かねてより麤忽に約すべからず。信なくしては。人といひがたし。平生こゝろをつけて毎事皆信にと思ふべし。人はよろづてのむ所によること。花ずきのところに。もろ〳〵の花あつまるごとし。信をてのむこゝろやまざれば。信のみになるものなり。むかし河內守源賴信上野守にて任國にあるとき。其乳母子兵衛尉藤原親孝といふ者の家に。盜賊をとらえ。押こめて置しが。いかゞしけんまぬかれて。逃むとしけるが。去べきやうやなかりけん。親孝が男子の五六歲ばかりなるを人質に取り。膝の下に押え。刀を腹にあてゝひかへたり。折ふし親孝は賴信の館に居けるに。家人來りて。かくと告しかば。はしりかへりて見けれども。すべきやうなし。館にゆきて。なく〳〵賴信に申ければ。賴信かの所に行て見らるゝに。盜賊刀を兒にさしあてゝ。

現代語訳

父母に仕えるには、もっぱら孝を尽くし、兄弟をいつくしみ、少しでもゆかりのある者までも、筋目を違えないようにします。朋友との交わりには、まことをもってし、一言も偽らないようにすべきです。もし約束などをしたなら、必ずその終わりの期に合わせなさい。約束を守れないかもしれないと思うなら、前もってうかつに約束してはなりません。信がなくては、人とは言いがたいものです。ふだんから心をつけて、何事も信であろうと思いなさい。人は万事、頼むところに従うもので、花好きのところに、いろいろな花が集まるようなものです。信を頼みとする心がやまなければ、信そのものの身になるものです。昔、河内守源頼信が上野守で任国にいたとき、その乳母子で兵衛尉藤原親孝という者の家に、盗賊を捕らえて押し込めておいたのが、どうしたことか逃れて、逃げようとしたものの、去るすべもなかったのでしょう、親孝の男の子の五、六歳ほどなのを人質にとり、膝の下に押さえ、刀を腹に当てて控えていました。折ふし親孝は頼信の館にいたところ、家人が来て、これこれと告げたので、走り帰って見たものの、どうしようもありません。館に行って、泣く泣く頼信に申すと、頼信がその所に行ってご覧になると、盗賊は刀を子に突きつけて、

解説

親や兄弟への孝・友愛に続き、朋友との交わりでは信を中心に据える段です。約束は守れる範囲でだけ結び、結んだら期に合わせる、うかつに約束しない、という実務的な注意が目を引きます。花好きのところに花が集まるように、信を頼みとする心が続けば人が信そのものになる、という言い方も印象的です。後半は源頼信の逸話を引き始めますが、この章句は盗賊が人質をとる場面で途切れ、続きは次の段にあります。仕事では、できない約束を断る誠実さと、一度結んだ納期や取り決めを守る姿勢が信用を積む、という橋渡しができます。

この章句が説くこと

信約束朋友孝源頼信武士訓

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