武士訓 / 卷一・第10段
君恩を片時もわするべからず。わするゝは人にあらず。豺獺だも本に報ずるこゝろあり。況や人倫として。恩波に浴して身をたて。親兄弟妻子僕從をはごくみ。飢渴のおそれもなく。世をすぐせる。其めぐみのふかきこと。山にも海にもたぐえがたし。古歌に「つくばねのこのもかのもにかげはあれど君が見かげにますかげはなし」とよめる意にひとし。しかるをむくゆる思ひなきは。豺獺にだもしかざるなり。何によりてかく君恩をわするゝやとはかるに。おほくは己が身を私するより出たり。およそ官につかふる者は。かねてより身を君に獻じ置ぬれば。盛衰浮沈倶に其命のまゝなり。これをあやまりて。わが物とおもふ心よりして。たま〳〵不遇の事などあれば。君をうらみ。世を憤るにいたれり。是所謂樹蔭にふして。枝を手折のたぐひなり。たとひ同僚に主君をそしり。國法をあざむくものありとも。口をつくみていふべからす。古人も眞の大罪は。君をそしるにありといへり。おそれつゝしむべきの第一なり。又主君の心にかなひて。よくつかへるものを。あざくりそしるべからず。是へつらひおもねるにはあらず。其ものをそしるは。君をそしるなり。其子細は。そしらるゝ者よければ。君の善をかくすにひとしく。そしらるゝ者あしければ。君の非をあぐるにたり。且嫉妬は婦女のこゝろなり。なんぞ丈夫としてかの顰にならはんや。
新字:君恩を片時もわするべからず。わするゝは人にあらず。豺獺だも本に報ずるこゝろあり。況や人倫として。恩波に浴して身をたて。親兄弟妻子僕従をはごくみ。飢渇のおそれもなく。世をすぐせる。其めぐみのふかきこと。山にも海にもたぐえがたし。古歌に「つくばねのこのもかのもにかげはあれど君が見かげにますかげはなし」とよめる意にひとし。しかるをむくゆる思ひなきは。豺獺にだもしかざるなり。何によりてかく君恩をわするゝやとはかるに。おほくは己が身を私するより出たり。およそ官につかふる者は。かねてより身を君に献じ置ぬれば。盛衰浮沈倶に其命のまゝなり。これをあやまりて。わが物とおもふ心よりして。たま〳〵不遇の事などあれば。君をうらみ。世を憤るにいたれり。是所謂樹蔭にふして。枝を手折のたぐひなり。たとひ同僚に主君をそしり。国法をあざむくものありとも。口をつくみていふべからす。古人も真の大罪は。君をそしるにありといへり。おそれつゝしむべきの第一なり。又主君の心にかなひて。よくつかへるものを。あざくりそしるべからず。是へつらひおもねるにはあらず。其ものをそしるは。君をそしるなり。其子細は。そしらるゝ者よければ。君の善をかくすにひとしく。そしらるゝ者あしければ。君の非をあぐるにたり。且嫉妬は婦女のこゝろなり。なんぞ丈夫としてかの顰にならはんや。
書き下し
君恩を片時もわするべからず。わするゝは人にあらず。豺獺だも本に報ずるこゝろあり。況や人倫として。恩波に浴して身をたて。親兄弟妻子僕從をはごくみ。飢渴のおそれもなく。世をすぐせる。其めぐみのふかきこと。山にも海にもたぐえがたし。古歌に「つくばねのこのもかのもにかげはあれど君が見かげにますかげはなし」とよめる意にひとし。しかるをむくゆる思ひなきは。豺獺にだもしかざるなり。何によりてかく君恩をわするゝやとはかるに。おほくは己が身を私するより出たり。およそ官につかふる者は。かねてより身を君に獻じ置ぬれば。盛衰浮沈倶に其命のまゝなり。これをあやまりて。わが物とおもふ心よりして。たま〳〵不遇の事などあれば。君をうらみ。世を憤るにいたれり。是所謂樹蔭にふして。枝を手折のたぐひなり。たとひ同僚に主君をそしり。國法をあざむくものありとも。口をつくみていふべからす。古人も眞の大罪は。君をそしるにありといへり。おそれつゝしむべきの第一なり。又主君の心にかなひて。よくつかへるものを。あざくりそしるべからず。是へつらひおもねるにはあらず。其ものをそしるは。君をそしるなり。其子細は。そしらるゝ者よければ。君の善をかくすにひとしく。そしらるゝ者あしければ。君の非をあぐるにたり。且嫉妬は婦女のこゝろなり。なんぞ丈夫としてかの顰にならはんや。
現代語訳
君恩を片時も忘れてはなりません。忘れるのは人ではありません。豺や獺でさえ、本に報いる心があります。まして人として、恩の波に浴して身を立て、親兄弟・妻子・従者を養い、飢えや渇きの恐れもなく世を過ごしている、その恵みの深さは、山にも海にもたとえがたいものです。古歌に「つくばねのこのもかのもに影はあれど君が見影にますかげはなし」と詠まれた意と同じです。それなのに報いる思いがないのは、豺獺にも及びません。何によってこのように君恩を忘れるのかと考えると、多くは自分の身を私物にすることから出ています。およそ官に仕える者は、かねてから身を君に献じてあるのですから、盛衰浮沈ともにその命のままです。これを誤って自分のものと思う心から、たまたま不遇なことなどがあると、君を恨み、世を憤るに至ります。これがいわゆる、樹蔭に伏して枝を手折る類です。たとえ同僚に主君をそしり、国法をあざむく者がいても、口をつつしんで、言ってはなりません。古人も、真の大罪は君をそしることにあると言っています。恐れつつしむべきことの第一です。また、主君の心にかなってよく仕えている者を、あざけりそしってはなりません。これはへつらいおもねるのではありません。その者をそしるのは、君をそしることだからです。その理由は、そしられる者がよければ、君の善を隠すのに等しく、そしられる者が悪ければ、君の非をあげることになります。そのうえ嫉妬は婦女の心です。どうして丈夫として、あの顰みにならうことがありましょうか。
解説
この章句が説くこと
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