武士道 / 第十七章 武士道の將來・仁愛の本能の潜める
爭鬪の本能は自然にして、人皆之を有し、又た此れよりして高尙なる情操、丈夫の德性を生ずるの効著大なる者ありと雖獨り此れのみ完全なる人格を成す能はず。此の本能の陰には、更に神聖なる仁愛の本能の潜めるあり。旣に觀る、佛教、神道、孔孟及び王陽明の明かに之を教へたるを。一然るに武士道及び凡て他の武〓倫理の、直下實務の必需問題に馳せて往々此の事實に重きを置くを忘れたるは疑を容れず。
新字:争闘の本能は自然にして、人皆之を有し、又た此れよりして高尚なる情操、丈夫の徳性を生ずるの効著大なる者ありと雖独り此れのみ完全なる人格を成す能はず。此の本能の陰には、更に神聖なる仁愛の本能の潜めるあり。既に観る、仏教、神道、孔孟及び王陽明の明かに之を教へたるを。一然るに武士道及び凡て他の武〓倫理の、直下実務の必需問題に馳せて往々此の事実に重きを置くを忘れたるは疑を容れず。
書き下し
争闘の本能は自然にして、人皆之を有し、又た此れよりして高尚なる情操、丈夫の徳性を生ずるの効著大なる者ありと雖、独り此れのみ完全なる人格を成す能はず。此の本能の陰には、更に神聖なる仁愛の本能の潜めるあり。既に観る、仏教、神道、孔孟及び王陽明の明かに之を教へたるを。然るに武士道及び凡て他の武(人)倫理の、直下実務の必需問題に馳せて、往々此の事実に重きを置くを忘れたるは疑を容れず。
現代語訳
争い闘う本能は自然なもので、人はみなこれを持っており、またそこから気高い情操や男らしい徳性が生まれるという効果も大きいけれども、それだけでは完全な人格をつくることはできない。この本能の陰には、さらに神聖な仁愛の本能が潜んでいる。私たちはすでに、仏教、神道、孔子・孟子、そして王陽明がはっきりとこれを教えたのを見てきた。ところが武士道や、そのほかすべての武人の倫理が、目の前の実務上の必要な問題に心を奪われて、しばしばこの事実を重んじることを忘れたことは疑いようがない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・公冶長篇孟武伯問う、「子路は仁なりや。」子曰く、「知らざるなり。」又問う。子曰く、「由や、千乗の国、其の賦を治めしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「求や何如。」子曰く、「求や、千室の邑、百乗の家、之が宰たらしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「赤や何如。」子曰く、「赤や、束帯して朝に立ち、賓客と言わしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」
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論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
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論語・憲問篇「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
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論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。
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論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
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論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
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