武士道 / 第十一章 克己・喜怒色に現さず
試みに思へ、小童、少女が、流涕呻吟して以て、其感情を緩やかにすること勿からんやう養成せらるゝを。而して斯の如きは其神經を遲鈍ならしむべきか、將た更に之をして銳敏ならしむべきか、此れ正に生理學上の一問題なり。はてこいい苟も士たるものにして、情感の其面に動くは、丈夫の事に非らずとし、『喜怒色に現さず』とは、强固の性格を評するの語なりき。自然の愛情を抑制し、父たるもの其子を抱くは、威嚴に害ありとし、夫たるもの其妻をキツスせず縱令私室に在りては、爾かせんとも、他人の面前に於ては之をなさず。一靑年が戯れに、『米國人は、他の面前にて妻をキツスし、私室に在りては、此れを鞭つ。日本人は之に異り、他人の前に在りては妻を打つとも、私室に在りては此れをキツスす』と云へる、亦た故無きに非らず。
新字:試みに思へ、小童、少女が、流涕呻吟して以て、其感情を緩やかにすること勿からんやう養成せらるゝを。而して斯の如きは其神経を遅鈍ならしむべきか、将た更に之をして銳敏ならしむべきか、此れ正に生理学上の一問題なり。はてこいい苟も士たるものにして、情感の其面に動くは、丈夫の事に非らずとし、『喜怒色に現さず』とは、强固の性格を評するの語なりき。自然の愛情を抑制し、父たるもの其子を抱くは、威厳に害ありとし、夫たるもの其妻をキツスせず縦令私室に在りては、爾かせんとも、他人の面前に於ては之をなさず。一青年が戯れに、『米国人は、他の面前にて妻をキツスし、私室に在りては、此れを鞭つ。日本人は之に異り、他人の前に在りては妻を打つとも、私室に在りては此れをキツスす』と云へる、亦た故無きに非らず。
書き下し
試みに思へ、小童、少女が、流涕呻吟して以て其感情を緩やかにすること勿からんやう養成せらるるを。而してかくの如きは、其神経を遅鈍ならしむべきか、はた更に之をして鋭敏ならしむべきか、此れ正に生理学上の一問題なり。いやしくも士たるものにして、情感の其面に動くは丈夫の事に非らずとし、『喜怒色に現さず』とは、強固の性格を評するの語なりき。自然の愛情を抑制し、父たるもの其子を抱くは威厳に害ありとし、夫たるもの其妻に接吻せず、たとひ私室に在りては、しかせんとも、他人の面前に於ては之をなさず。一青年が戯れに、『米国人は他の面前にて妻に接吻し、私室に在りては此れを鞭つ。日本人は之に異り、他人の前に在りては妻を打つとも、私室に在りては此れに接吻す』と云へる、亦た故無きに非らず。
現代語訳
試みに考えてみてください。幼い男の子や女の子が、涙を流しうめいて感情を緩めることのないよう育てられるのを。そしてこうすることは神経を鈍くするのでしょうか、それともさらに鋭くするのでしょうか。これはまさに生理学上の一問題です。仮にも武士たる者は、感情が顔に出るのは男子のすることではないとし、喜怒を色に現さない、というのが強固な性格を評する言葉でした。自然の愛情を抑え、父は子を抱くのが威厳に害があるとし、夫は妻に接吻せず、たとえ私室ではそうしても、他人の前ではしませんでした。ある青年が戯れに、アメリカ人は人前で妻に接吻し、私室では鞭打つ。日本人はこれと異なり、人前では妻を打っても私室では接吻する、と言ったのも理由のないことではありません。
解説
この章句が説くこと
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