武士道 / 第十章 武士の教育・智仁勇は武士道の鼎足
武士の教育に於て、最も重んずべきは、品性を確立するに在りて、細慮、知識、口辯の如き伎巧の才能は、適に其後へに雁行せり。抑も美的藝能は亦た武士教育上、樞要の地步を占めて、文〓ある士人に缺くべからざるものなりしと雖、詮ずるに、其教育の要素に非らず、寧ろ却つて之れが附屬物たるに過ぎざりき。學に秀づるは、固より其重んずる所なりしと雖、所謂『智』とは、特に『智慧』を謂ふものにして、知識は但に其副位を占むるものとするに過ぎず。智仁勇の三德は武士道を支持する鼎足なり。武士は要するに活動の人なD學問は其活動の範圍外に在りて唯だ其の武職に干與するの際に於て、之を利用するのみ。宗教と神學とは之を僧侶に委し、武士は唯だ勇氣を養ふに補益する所あるに由つて、之れを採れり。
新字:武士の教育に於て、最も重んずべきは、品性を確立するに在りて、細慮、知識、口弁の如き伎巧の才能は、適に其後へに雁行せり。抑も美的芸能は亦た武士教育上、枢要の地歩を占めて、文〓ある士人に欠くべからざるものなりしと雖、詮ずるに、其教育の要素に非らず、寧ろ却つて之れが附属物たるに過ぎざりき。学に秀づるは、固より其重んずる所なりしと雖、所謂『智』とは、特に『智慧』を謂ふものにして、知識は但に其副位を占むるものとするに過ぎず。智仁勇の三徳は武士道を支持する鼎足なり。武士は要するに活動の人なD学問は其活動の範囲外に在りて唯だ其の武職に干与するの際に於て、之を利用するのみ。宗教と神学とは之を僧侶に委し、武士は唯だ勇気を養ふに補益する所あるに由つて、之れを採れり。
書き下し
武士の教育に於て、最も重んずべきは、品性を確立するに在りて、細慮、知識、口弁の如き伎巧の才能は、適に其後へに雁行せり。抑も美的芸能は亦た武士教育上、枢要の地歩を占めて、文(教)ある士人に欠くべからざるものなりしと雖も、詮ずるに、其教育の要素に非らず、寧ろ却つて之れが附属物たるに過ぎざりき。学に秀づるは、固より其重んずる所なりしと雖も、所謂『智』とは、特に『智慧』を謂ふものにして、知識は但に其副位を占むるものとするに過ぎず。智仁勇の三徳は武士道を支持する鼎足なり。武士は要するに活動の人なり。学問は其活動の範囲外に在りて、唯だ其の武職に干与するの際に於て、之を利用するのみ。宗教と神学とは之を僧侶に委し、武士は唯だ勇気を養ふに補益する所あるに由つて、之れを採れり。
現代語訳
武士の教育において、もっとも重んじるべきは品性を確立することであり、細かな思慮、知識、弁舌のような技巧の才能は、そのあとに従うものであった。そもそも美的な芸能もまた、武士の教育で重要な位置を占め、(教)養ある武士に欠かせないものではあったが、つまるところ教育の要素ではなく、むしろその付属物にすぎなかった。学問に秀でることは、もとより重んじられたが、いわゆる「智」とはとくに「知恵」を言うのであって、知識はその次の位置を占めるものにすぎなかった。智・仁・勇の三つの徳は、武士道を支える鼎(かなえ)の三本の足である。武士は要するに行動の人である。学問はその活動の範囲の外にあり、ただ武士としての職務にかかわるときに、それを利用するだけであった。宗教と神学は僧侶にまかせ、武士はただそれが勇気を養うのに役立つという理由で、これを取り入れた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『十善法語』巻第二・不偸盜戒総シテ世ノ怯弱臆病ト云ハ。ミナ道ヲ心得ヌ者ノ類シヤ。若十善戒法ヲ真実ニ護持スル者有ハ。必勇猛剛强ノ徳ヲ長ス。儒書ニモ自ラ反フシテ縮カラスハ。褐寛博ト雖トモ我惴レサランヤ。自ラ反シテ縮クハ。千万人ト雖トモ我ユカント有ル。カウシヤ。直キ処カラ出タ勇カ誠ノ勇シヤ。又仁者ハ必勇アリ。勇者ハ必シモ仁アラストアル。カウシヤ。仁慈ノ余カラ出タ勇テナケレハ皆暴虎馮河ノ勇ト名クルシヤ。
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司馬法・嚴位故に心は仁に中(あた)り、行いは義に中る、物に堪うるは智なり、大に堪うるは勇なり、久しきに堪うるは信なり。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・我の公と争うは弓箭に在り我の公と争ふところは、弓箭に在りて米塩にあらず。今より以後、塩を我国に取れ、多寡ただ命のままなりと。乃ち賈人に命じ、価を平にして、之を給したりとぞ。此れ彼の羅馬の勇士カミラスが、『羅馬人は金を以て戦はず、鉄を以て戦ふ』と云へるに似て、而も更に優なるものあり。ニーチェが、『汝は其敵を誇りとすべし。敵の成功は、又た汝の成功なり』と云へるは、能く我国武士の真情を語れるものなり。戦場に臨んで我が良敵とするに値ひある者は、平時の親友たるに適して、勇武あり名誉あるの人たらざるべからず。夫れ勇の極意は、仁に邇し。孔子曰はずや、『仁者必ず勇有り』と。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・大勇の士は沈着重厚なりされど武士道の勇に於ける観念は、ただにかくの如きに止まらず。勇の人の精神に宿るや、現はれて沈毅となり、不動となる。平静なるは勇の休息せる形にして、又た勇の平衡を得て静止せる現象なり。之に反して大胆なる行為は、其の動勢に表はれたる形なり。大勇の士は、沈着重厚なり。事に処して、其常を失はず、矢石を冒して怖れず、災危に臨んで動かず、雷霆の威に屈せず、風波の烈に驚かず、泰山前に崩るとも変ぜず、鼎釼の中にありて自から安んじ、死生の巷に立ちて自から楽めり。真の勇者は、危を踏み、死に瀕して従容詩歌を詠じ、声音筆蹟毫も平生に異ならず。人、皆之を歎称せり。けだし悠々逼らざること、かくの如きは、其心に多大の余裕あるに因らずんばあらず。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・生くべき時に生き死すべき時に死すされど生くべき時に生き、死すべき時に死するは真の勇なり』と。又た泰西の識者の、肉体の勇と道徳の勇とを区別するが如きは、我国人も亦たつとに之を為す。いやしくも士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを弁知せざるものなかりしならん。剛毅、大胆、自若、勇猛の徳性は、青年武士の嚮往する所にして、彼等は実例に則り、実行に由り、世の最も尊尚する此徳を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の児童と雖、なお母の懐に在りて、武功譚、英雄物語に耳を傾け、もし苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、継ぐに『戦場に出でて、腕を断たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
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論語・陽貨篇子路曰く、「君子は勇を尚ぶか。」子曰く、「君子は義以て上と為す。君子勇有りて義無ければ乱を為し、小人勇有りて義無ければ盗を為す。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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