文子 / 上禮
老子曰:衰世之主,鑽山石,挈金玉,擿礱蜃,消銅鐵,而萬物不滋,刳胎焚郊,覆巢毀卵,鳳凰不翔,麒麟不遊,構木為臺,焚林而畋,竭澤而漁,積壤而丘處,掘地而井飲,濬川而為池,築城而為固,拘獸以為畜,則陰陽繆戾,四時失序,雷霆毀折,雹霜為害,萬物焦夭,處於太半,草木夏枯,三川絕而不流,分山川谿谷,使有壤界,計人眾寡,使有分數,設機械險阻以為備,制服色等異貴賤,老賢不肖行賞罰,則兵革起而忿爭生,虐殺不辜,誅罰無罪,於是興矣。
新字:老子曰:衰世之主,鑽山石,挈金玉,擿礱蜃,消銅鉄,而万物不滋,刳胎焚郊,覆巣毀卵,鳳凰不翔,麒麟不遊,構木為台,焚林而畋,竭沢而漁,積壤而丘処,掘地而井飲,濬川而為池,築城而為固,拘獣以為畜,則陰陽繆戻,四時失序,雷霆毀折,雹霜為害,万物焦夭,処於太半,草木夏枯,三川絶而不流,分山川谿谷,使有壤界,計人衆寡,使有分数,設機械険阻以為備,制服色等異貴賤,老賢不肖行賞罰,則兵革起而忿争生,虐殺不辜,誅罰無罪,於是興矣。
書き下し
老子曰く、衰世の主は、山石を鑽り、金玉を挈げ、礱蜃を擿り、銅鉄を消して、万物滋らず、胎を刳き郊を焚き、巣を覆し卵を毀ち、鳳凰翔らず、麒麟遊ばず、木を構えて台を為し、林を焚きて畋し、沢を竭くして漁り、壌を積みて丘に処り、地を掘りて井もて飲み、川を濬えて池を為し、城を築きて固めを為し、獣を拘えて畜を為す、則ち陰陽繆戻し、四時序を失い、雷霆毀折し、雹霜害を為し、万物焦夭し、太半に処り、草木夏に枯れ、三川絶えて流れず、山川谿谷を分かちて、壌界を有たしめ、人の衆寡を計りて、分数を有たしめ、機械険阻を設けて以て備えと為し、服色を制し異ならせて貴賤を等し、老賢不肖に賞罰を行えば、則ち兵革起こりて忿争生ず、不辜を虐殺し、無罪を誅罰すること、是に於いて興る。
現代語訳
老子は言った。衰えた世の君主は、山の石に穴を穿ち、金や玉を掘り出し、貝を割り、銅鉄を溶かして、万物が育たなくなる。胎を割き郊野を焼き、巣をひっくり返し卵を壊し、鳳凰は飛ばず麒麟は遊ばない。木を組んで高殿を作り、林を焼いて狩りをし、沼を干して魚を獲り、土を積んで丘の上に住み、地を掘って井戸水を飲み、川を深くして池を作り、城を築いて守りとし、獣を囲って家畜とする。すると陰陽が乱れ、四季は順序を失い、雷は物を砕き、雹や霜が害をなし、万物は焦げ枯れて半分以上が失われ、草木は夏に枯れ、三つの川は絶えて流れない。山川や谷を分けて境界を作り、人の多少を数えて分け前を決め、仕掛けと険しい地形を設けて備えとし、衣服の色を違えて貴賤を等級づけ、老いも賢も不肖も賞罰を行えば、戦争が起こって怒りと争いが生じ、罪なき者を虐殺し、無罪の者を罰することが、ここから盛んになる。
解説
この章句が説くこと
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『新論』守禦其の希に生ずる所の者を嗇用し、将に以て大いに用ゐる所有らんとす。其の用ゐて以て機に応じ勝を制するに至りては、則ち自ら将略有りて存す。此れ特に兵機を暁る者の為に論ずべくして、紙上に豫め論ずる所に非ざるなり。(戚継光の水戦の法の如きは、弓弩標石と火器と相参ふ。而して火器の如きも、亦其の一船に応に火薬五百斤を備ふべくして、鉛弾は三百斤に過ぎず。火薬の用、鉛弾を発するに止まらざること見るべし。而して参ふるに火箭・噴筒・薬桶の諸器を以てし、専ら鉛弾を用ゐず。則ち火器の必ずしも鉛弾を恃まざることも亦見るべし。)故に大礮の制、干鹵の用、弓弩の技、夫の鉄石雑品の採りて以て用に供すべき者と、皆火を用ゐるの術にして、以て間暇に及びて之を審議せざるべからざるなり。
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事偖銭を夥く鋳出たさんには、当時長崎の金高つまりて銅を異国へくたさるゝことなれは、銅払底にて差支あるへし、総体銅の払底になりたるに仔細あり、此の三四十年このかた御城下は勿論、田舎の末々まて小寺小院にも鐘を鋳さるはなし、六十余州を詮識ぜは莫大の銅なるへし、小さき仏像其の数も夥しくなりたり、仏像も余りに夥しくなれは信仰は次第に薄くなることなれは、仏法のためにも宜しからさることなり、特に鐘の功徳と云ふは人の眠りを醒し、六時勤行の時を教へ、十二時の移り行くを知らせて無常を観するたよりとし、又大叢林にては峰々谷々の衆僧を呼集むる用事の為に鐘をつることなり、然るに鐘楼もなき小寺小院のつく人さへもなきに、旦那を勧進して鐘を楼下につり置きたるは何のため成るぞや、つかぬ鐘に声なし、声なくて功徳のあるへきやうなし、真に無用のものなり、
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事此等のたぐひ、其外世間にある無用の銅器を鋳つぶし、銭を鋳は如何程も出来し、夫にて世界の困窮を救はゝ仏の慈悲心に叶ふべし、但し俗人の取捌きにて寺々の鐘を取りあくること愚かなる人の人情にさかふへけれは、智徳ある高僧に御相談ありて、教化させて其うへにて、屹としたる寺の鐘楼もあり、鐘をもつく用事のある寺はかりを遺し置きて、其外の小寺小院の鐘を悉く銭に鋳させ、その鐘を其の寺々に之を下され寺の修理に用ひたきことなり、
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『新論』守禦虜は海外諸国を周流し、鉛錫銅鉄硝黄の属、之を諸国の産に資る。其の用固より窮まらず。而して我内に自ら守り、必ず山嶽の秘を発して以て之を用ゐれば、則ち彼此多寡の数、其の較せざるや亦審らかなり。(明人寇を防ぎ、招集屯駐す。当時汪汝淳云ふ、苦しむ所は人日に衆くして、衣甲器械継がず、火薬更に敷かずと。則ち此の火薬の生じ易き者すら、亦猶ほ敷かざるを患ふ。況んや今銅鉄鉛錫、其の生ずること限り有る者をや。)故に或いは弓弩を参用し、必ずしも専ら火器を恃まず。其の火器を用ゐる者も、亦専ら銅と鉛とを恃まず。其の銃身は或いは鉄或いは木、其の弾は或いは鉄或いは石或いは餅、或いは和するに銅鉄の滓・海上の沙鉄の類を以てして、以て餅と為す。朽縄・敗布・爛網・破罟と雖も、亦採りて以て錬造に供す。其の乏しきを補ふべからざる無し。棄物を収蔵して、以て有用を待ち、之を平素に試み、士卒をして習ひて之を知らしめ、事に臨みて百方参用すれば、庶はくは急遽にして以て匱乏を致さざらん。
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『政談』公儀御身上の制度の事其仕方公儀にて御入用のほとを積りて其大名の身上〳〵に応し出さしむべきなり、譬へは越前よりは奉書つめ、会津よりは蝋うるし、南部相馬よりは馬、上州加賀よりは絹、仙台長門よりは紙のたぐひなり、身上の高よりは出もの多形なとは外より出るものを下さるゝこともあるへし、御城下に御蔵を所々に立て置きて馬にて付込すへし、当時献上物なとのやうに仰山にすることにては諸大名無用の痛みと成るへし、唯当時御買上けになるを御買上げにせすして諸大名に出さするまてのことにすへし、歴代の先例皆斯の如し、偖又古は名山大川は封せずと云ふことあり、左様の所をは大名には下さらぬことなり、材木の出つる山金銀銅鉄鉛等の出つる山、名塩の出つる地は下されましき所なり、当時尾州へ木曽を進せられ、紀州へは熊野を進せられたること古法になきことなり、下されましき山を下し置れて上の御用には材木を御買上けにすること如何なる無調法なる仕方なるろや、特に東山東海の二道を尾州の御領にて塞くこと是れ亦あるましきことの第一なり、
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『新論』守禦金銀・銅鉄・鉛錫・玉石、凡そ山嶽の蔵する所は、宜しく其の用を恡みて其の糜を禁ずべし。今梵宮・装閣、及び他の玩好の諸物、以て閭閻の用器・婦女の衣帯に至るまで、金を塗り銀を抹せざる莫し。則ち銷金の禁、厳ならざるべからざるなり。(西土の史書に載する所、其の府中の黄金銀物を出して以て軍用に供する者有り、金銀薄を禁ずる者有り、織成金を禁ずる者有り。古人の金銀を用ゐる所以の者、此に在りて彼に在らざること見るべし。唐六典に十四種の金有り、曰く、銷金・拍金・鍍金・織金・砑金・披金・泥金・鏤金・撚金・戧金・圏金・貼金・嵌金・裏金と。宋の時糜金以て服器を飾るを禁じ、又金銀箔線・貼金・銷金・蹙金線にて什器・土木・玩用の物を装貼するを禁じ、命婦に非ざれば以て首飾と為すを得ず。冶宋主の用ゐる所は、悉く官に送らしむ。諸州の寺観、金箔を以て像を飾る者は、自ら金銀工価を齎し、思文院に就きて換給せしむ。又僧の金銀珠玉を求丐し錯末して泥に和し以て塔像を為るを禁ず。又内庭は中宮より以下、並びに銷金・貼金・間金・戭金・解剔金・陥金・明金・泥金・楞金・背影金・盤金・織金・金線撚糸もて衣服に装着するを得ず、並びに金を以て飾と為すを得ざらしむ。其の外庭の臣庶の家も、悉く皆断禁す。是れ他の歴代の申禁、至らざる所無し。其の天地の蔵を発くを重んずるの意も、亦見るべきなり。)
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