文子 / 上義
老子曰:治人之道,其猶造父之御駟馬也,齊輯之乎轡銜,正度之乎胸膺,內得於中心,外合乎馬志,故能取道致遠,氣力有餘,進退還曲,莫不如意,誠得其術也。今夫權勢者,人主之車輿也,大臣者,人主之駟馬也,身不可離車輿之安,手不可失駟馬之心,故駟馬不調,造父不能以取道,君臣不和,聖人不能以為治。執道以御之,中才可盡,明分以示之,姦邪可止,物至而觀其變,事來而應其化,近者不亂即遠者治矣,不用適然之教,而得自然之道,萬舉而不失矣。
新字:老子曰:治人之道,其猶造父之御駟馬也,斉輯之乎轡銜,正度之乎胸膺,内得於中心,外合乎馬志,故能取道致遠,気力有余,進退還曲,莫不如意,誠得其術也。今夫権勢者,人主之車輿也,大臣者,人主之駟馬也,身不可離車輿之安,手不可失駟馬之心,故駟馬不調,造父不能以取道,君臣不和,聖人不能以為治。執道以御之,中才可尽,明分以示之,姦邪可止,物至而観其変,事来而応其化,近者不乱即遠者治矣,不用適然之教,而得自然之道,万舉而不失矣。
書き下し
老子曰く、人を治むるの道は、其れ猶お造父の駟馬を御するがごときなり、之を轡銜に斉輯し、之を胸膺に正度し、内は中心に得、外は馬の志に合う、故に能く道を取りて遠きに致し、気力余り有り、進退還曲、意の如くならざる莫きは、誠に其の術を得ればなり。今夫れ権勢は人主の車輿なり、大臣は人主の駟馬なり、身は車輿の安きを離る可からず、手は駟馬の心を失う可からず、故に駟馬調わざれば、造父も以て道を取る能わず、君臣和せざれば、聖人も以て治を為す能わず。道を執りて以て之を御すれば、中才も尽くす可く、分を明らかにして以て之に示せば、姦邪も止む可し、物至れば其の変を観、事来れば其の化に応じ、近き者乱れざれば即ち遠き者治まる、適然の教えを用いずして、自然の道を得れば、万挙して失わず。
現代語訳
老子は言った。人を治める道は、造父が四頭立ての馬を御するのに似ている。手綱とくつわを揃え、胸のあたりで加減を正し、内は自分の心に納得を得て、外は馬の心に合わせる。だから道を進んで遠くへ達し、気力に余裕があり、進むも退くも曲がるも思いのままになるのは、まことにその術を得ているからである。いま権勢は君主の車であり、大臣は君主の四頭の馬である。身は車の安定から離れてはならず、手は馬の心をつかみ損ねてはならない。馬が調わなければ造父でも道を進めず、君臣が和さなければ聖人でも治められない。道を執って御せば、並の才の者でも力を尽くさせられ、分を明らかに示せば、よこしまな者も止められる。物が来ればその変化を見て、事が起これば移り変わりに応じ、近くの者が乱れなければ遠くも治まる。その場限りの教えを用いず、自然の道を得れば、すべてのことを行っても失わない。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・倫理・惟だ和のみ妙と為し、深と為し、速と為し、難と為す人子の和氣・愉色・婉容、發し得て深き時、養ひ得て定まる時、父母の冷面寒鐵、雷霆震怒に任せて、只だ是れ這の一腔の溫意、一面の春風なれば、則ち自ら回らざるの天無く、自ら屢〻變ずるの天無し。讒譖何に由りてか入らん、嫌隙何に由りてか作らん。其の次は敬慎に如くは莫し。夔夔齋栗は、敬慎の至りなり、故に瞽瞍も亦た允に若へり。溫和は人に示すに愛す可きを以てし、父母の惡怒を消融す。敬慎は人に示すに矜れむ可きを以てし、父母の悲憐を激發す。所謂誠意を積みて以て之を感動する者は、和を養ひ敬を致すの謂ひなり。蓋し親を格すの功は、惟だ和のみ妙と為し、深と為し、速と為し、難と為す。至性純孝の者に非ざれば能はず。敬慎は猶ほ勉強す可きのみ。而今の人子は涼薄の色、惰慢の身、驕蹇の性を以てし、父母の怒りを犯すに及びて、既に挽回するを肯んぜず、又倨傲にして以て之を甚だしくす。此れ其の人は孝弟の外に在り、故に論ずるに足らず。即ち平日溫愉の子有るも、父母の悅ばざるに當たりて亦た慍見し、或いは疑ひを生じて怒りを遷す者、或いは意に遷怒無くして嫌を避けざる者、或いは善く嫌を避けずして愈〻避けて愈〻嫌を冒す者あり。隙を積みて釁を成し、遂に不祥を致す。豈に父母の慈ならざらんや。此れ孤臣孽子の法戒、志を堅くし仁に熟するの妙道なり。
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