文子 / 上仁
學而不厭,所以治身也,教而不倦,所以治民也,賢師良友,舍而為非者寡矣。知賢之謂智,愛賢之謂仁,尊仁之謂義,敬賢之謂禮,樂賢之謂樂。古之善為天下者,無為而無不為也,故為天下有容,能得其容,無為而有功,不得其容,動作必凶。為天下容曰,“與兮其若冬涉大川,猶兮其若畏四鄰,儼兮其若容,渙兮其若冰之液,敦兮其若樸,混兮其若濁,廣兮其若谷”,此為天下容。
新字:学而不厭,所以治身也,教而不倦,所以治民也,賢師良友,舎而為非者寡矣。知賢之謂智,愛賢之謂仁,尊仁之謂義,敬賢之謂礼,楽賢之謂楽。古之善為天下者,無為而無不為也,故為天下有容,能得其容,無為而有功,不得其容,動作必凶。為天下容曰,“与兮其若冬渉大川,猶兮其若畏四鄰,儼兮其若容,渙兮其若冰之液,敦兮其若樸,混兮其若濁,広兮其若谷”,此為天下容。
書き下し
学びて厭わざるは、身を治むる所以なり。教えて倦まざるは、民を治むる所以なり。賢師良友あれば、舎てて非を為す者は寡なし。賢を知る、之を智と謂い、賢を愛す、之を仁と謂い、仁を尊ぶ、之を義と謂い、賢を敬う、之を礼と謂い、賢を楽しむ、之を楽と謂う。古の善く天下を為むる者は、無為にして為さざる無きなり。故に天下を為むるに容有り。能く其の容を得れば、無為にして功有り。其の容を得ざれば、動作必ず凶なり。天下を為むる容に曰く、与として其れ冬に大川を渉るが若く、猶として其れ四隣を畏るるが若く、儼として其れ容の若く、渙として其れ冰の液くるが若く、敦として其れ樸の若く、混として其れ濁れるが若く、広として其れ谷の若し、と。此れ天下を為むる容なり。
現代語訳
学んで飽きないのは、身を治めるためである。教えて倦まないのは、民を治めるためである。賢い師と良い友がいれば、それを捨てて非を行う者は少ない。賢を知ることを智といい、賢を愛することを仁といい、仁を尊ぶことを義といい、賢を敬うことを礼といい、賢を楽しむことを楽という。古の天下をよく治めた者は、無為でありながらなさないことがなかった。だから天下を治めるには姿がある。その姿を得られれば、無為で功がある。その姿を得られなければ、動けば必ず凶である。天下を治める姿にいう。ためらうさまは冬に大川を渡るようであり、慎むさまは四方の隣国を畏れるようであり、厳かなさまは客のようであり、解けるさまは氷が溶けるようであり、純朴なさまは丸太のようであり、混じるさまは濁った水のようであり、広いさまは谷のようである、と。これが天下を治める姿である。
解説
この章句が説くこと
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