文子 / 上仁
文子問曰:何行而民親其上?老子曰:使之以時而敬慎之,如臨深淵,如履薄冰,天地之間,善即吾畜也,不善即吾讎也,昔者夏商之臣,反讎桀紂,而臣湯武,宿沙之民,自攻其君,歸神農氏,故曰:“人之所畏,不可不畏也。”
新字:文子問曰:何行而民親其上?老子曰:使之以時而敬慎之,如臨深淵,如履薄冰,天地之間,善即吾畜也,不善即吾讎也,昔者夏商之臣,反讎桀紂,而臣湯武,宿沙之民,自攻其君,帰神農氏,故曰:“人之所畏,不可不畏也。”
書き下し
文子問いて曰く、何を行えば民其の上に親しむ。老子曰く、之を使うに時を以てして之を敬慎し、深淵に臨むが如く、薄氷を履むが如くす。天地の間、善なれば即ち吾が畜なり、不善なれば即ち吾が讎なり。昔者、夏商の臣、反って桀紂を讎とし、湯武を臣とす。宿沙の民、自ら其の君を攻め、神農氏に帰す。故に曰く、人の畏るる所は、畏れざる可からず、と。
現代語訳
文子が問うた。どのように行えば、民はその上に親しむのでしょうか。老子は言った。民を使うには時を選んでし、これを敬い慎み、深い淵に臨むように、薄い氷を踏むように行う。天地の間で、善を行えば民は自分の味方であり、善を行わなければ民は自分の仇となる。昔、夏や殷の臣は、かえって桀や紂を仇とし、湯や武王を主君とした。宿沙の民は、自ら君主を攻めて、神農氏に帰した。だから、人の畏れるものは、畏れないわけにはいかない、と言う。
解説
民が上に親しむ方法を問われ、老子は「之を使うに時を以てして之を敬慎し」と答えます。民を動かす時期を選び、深淵に臨むように慎重に扱う。民は善を行えば味方、行わなければ仇になるという言い方は、民意の怖さを正面から言い切っています。夏の桀、殷の紂、宿沙の民の故事が引かれていますが、細部は他書と合わせて確かめる必要があり、ここでは民が主君を見限った例として読むに留めます。部下が見限るのは、突然ではなく、使い方の積み重ねです。
この章句が説くこと
之を使うに時を以てして深淵に臨むが如く薄氷を履むが如く善なれば即ち吾が畜なり民心慎重
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