文子 / 上德
老子學於常樅,見舌而守柔,仰視屋樹,退而因川,觀影而知持後,故聖人虚無因循,常後而不先,譬若積薪燎,後者處上。
新字:老子学於常樅,見舌而守柔,仰視屋樹,退而因川,観影而知持後,故聖人虚無因循,常後而不先,譬若積薪燎,後者処上。
書き下し
老子、常樅に学び、舌を見て柔を守り、仰ぎて屋樹を視、退きて川に因り、影を観て後を持するを知る。故に聖人は虚無因循、常に後にして先にせず、譬えば薪を積みて燎くが若し、後なる者は上に処る。
現代語訳
老子は常樅に学び、舌を見て柔らかさを守ることを悟り、仰いで屋根の上の樹を見、退いて川にならうことを学び、影を観て後ろを保つことを知った。だから聖人は、虚無にして因循し、常に後にして先に立たず、薪を積んで燃やすとき、後から積んだ薪が上に来るのと同じである。
解説
老子が師の常樅から学んだ、柔と後ろ位置の話です。口の中で柔らかい舌は最後まで残り、固い歯は先に抜ける、という有名な話が背景にあります。ここでは舌から柔を、川から退いて低きにつくことを、影から後ろに付き従うことを学んだとされます。結びの比喩は「薪を積みて燎くが若し、後なる者は上に処る」。薪の山は、後から積んだものが上になる。遅れて来ても、結果として上に立つことがある、という言い方です。先頭を競わず、周囲を見ながら動く人材の強みを言い当てています。
この章句が説くこと
舌を見て柔を守り常に後にして先にせず後なる者は上に処る譬えば薪を積みて燎くが若し柔弱後
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