文子 / 符言
老子曰:道至高無上,至深無下,平乎準,直乎繩,圓乎規,方乎矩,包裹天地而無表裏,洞同覆蓋而無所硋,是故體道者,不怒不喜,其坐無慮,寢而不夢,見物而名,事至而應。
新字:老子曰:道至高無上,至深無下,平乎準,直乎縄,円乎規,方乎矩,包裹天地而無表裏,洞同覆蓋而無所硋,是故体道者,不怒不喜,其坐無慮,寝而不夢,見物而名,事至而応。
書き下し
老子曰く、道は至高にして上無く、至深にして下無し。準より平らかに、縄より直く、規より円く、矩より方なり。天地を包裹して表裏無く、洞同覆蓋して礙ぐる所無し。是の故に道を体する者は、怒らず喜ばず、其の坐するや慮無く、寝ぬるや夢みず、物を見て名づけ、事至りて応ず。
現代語訳
老子は言う。道は最も高くてその上がなく、最も深くてその下がない。水準器よりも平らで、墨縄よりも真っすぐで、コンパスよりも円く、定規よりも四角い。天地を包み込んで表も裏もなく、すみずみまで覆って遮るものがない。だから道を体得した者は、怒らず喜ばず、座っても思い煩わず、眠っても夢を見ず、物を見ればそれに名をつけ、事が至ればそれに応じる。
解説
符言のはじめの段で、道を水準器・墨縄・コンパス・定規という大工道具にたとえます。平らさ、真っすぐさ、円さ、四角さのいずれも、道具より道のほうが勝る、と言います。最後は道を体した人の振る舞いに移り、「物を見て名づけ、事至りて応ず」と、先回りも居座りもしない応じ方を示します。手元の事象を過不足なく受け止め、起きたことにその都度向き合う姿勢です。予断で動かず、目の前の案件を見てから動く、というごく実務的な構えに読み替えられます。
この章句が説くこと
事至りて応ず物を見て名づけ怒らず喜ばず至高にして上無く道応
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