文子 / 九守
老子曰:輕天下即神無累,細萬物即心不惑,齊生死則意不懾,同變化則明不眩。夫至人倚不橈之柱,行無關之途,稟不竭之府,學不死之師,無往而不遂,無之而不通,屈伸俯仰,抱命不惑而宛轉,禍福利害,不足以患心。夫為義者可迫以仁,而不可劫以兵,可正以義,不可懸以利,君子死義,不可以富貴留也,為義者不可以死亡恐也,又況於無為者乎!無為者即無累,無累之人,以天下為影柱,上觀至人之倫,深原道德之意,下考世俗之行,乃足以羞也,夫無以天下為者,學之建鼓也。
新字:老子曰:軽天下即神無累,細万物即心不惑,斉生死則意不懾,同変化則明不眩。夫至人倚不橈之柱,行無関之途,稟不竭之府,学不死之師,無往而不遂,無之而不通,屈伸俯仰,抱命不惑而宛転,禍福利害,不足以患心。夫為義者可迫以仁,而不可劫以兵,可正以義,不可懸以利,君子死義,不可以富貴留也,為義者不可以死亡恐也,又況於無為者乎!無為者即無累,無累之人,以天下為影柱,上観至人之倫,深原道徳之意,下考世俗之行,乃足以羞也,夫無以天下為者,学之建鼓也。
書き下し
老子曰く、天下を軽んずれば即ち神に累無く、万物を細とすれば即ち心惑わず、生死を斉しくすれば則ち意懾れず、変化を同じくすれば則ち明眩まず。夫れ至人は不橈の柱に倚り、無関の途を行き、不竭の府に稟け、不死の師に学ぶ。往きて遂げざる無く、之きて通ぜざる無し。屈伸俯仰して、命を抱きて惑わずして宛転し、禍福利害は、以て心を患わすに足らず。夫れ義を為す者は迫るに仁を以てす可くして、劫かすに兵を以てす可からず、正すに義を以てす可くして、懸くるに利を以てす可からず。君子は義に死し、富貴を以て留む可からず。義を為す者は死亡を以て恐る可からず、又況んや無為の者をや。無為なる者は即ち累無し。累無きの人は、天下を以て影柱と為し、上は至人の倫を観、深く道徳の意を原ね、下は世俗の行いを考うれば、乃ち以て羞ずるに足るなり。夫れ天下を以て為す無き者は、学の建鼓なり。
現代語訳
老子は言う。天下を軽んじれば精神に重荷がなくなり、万物を小さく見れば心は惑わず、生と死を等しく見れば意気はひるまず、変化を同じものと見れば明らかな目は眩まない。そもそも至人は、たわまない柱に寄りかかり、関所のない道を行き、尽きない蔵から受け取り、死なない師に学ぶ。どこへ行っても遂げられないことはなく、どこへ行っても通じないことはない。身を屈め伸ばし、うつむき仰いでも、天命を抱いて惑わず、くるくると身をこなし、禍福や利害は心を煩わすに足りない。そもそも義を行う者は、仁をもって迫ることはできても、武器でおどすことはできず、義をもって正すことはできても、利で釣ることはできない。君子は義のために死ぬのであって、富貴で引き留めることはできない。義を行う者でさえ死の恐れでおびやかせないのだから、まして無為の者はなおさらである。無為の者は重荷がない。重荷のない人は、天下を柱に映る影のように見なし、上は至人の仲間を仰いで道徳の意味を深く尋ね、下は世俗の行いを振り返って、恥じ入ることだろう。そもそも天下を治めることを目的にしない者は、学ぶ者にとっての建鼓(目印の太鼓)である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・髙義①君子の自ら行うや、動けば必ず義に縁る。行うこと必ず義に誠なれば、俗、之を窮せりと謂うと雖も、通ずるなり。行うこと義に誠ならず、動くこと義に縁らざれば、俗、之を通ぜりと謂うと雖も、窮せるなり。然らば則ち君子の窮通は、俗に異なる者有るなり。故に功に當りて以て賞を受け、罪に當りて以て罰を受く。賞當たらざれば、之に與うと雖も必ず辭す。罰誠に當たれば、之を赦すと雖も外けず。之を國に度れば、必ず利長久ならん。長久の主に於ける、必ず宜しく內は心に反して慚ぢずして然る後動くべし。
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司馬法・仁本義を争いて利を争わず、是を以てその義を明らかにするなり。
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呂氏春秋・論威①義なる者は、萬事の紀なり。君臣上下親疏の由りて起こる所なり。治亂安危過勝の在る所なり。過勝の道は、他に求むること勿し、必ず己に反る。
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論語・陽貨篇子曰く、唯だ上知と下愚とは移らざるなり。
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呂氏春秋・別類④義は小しく之を為せば、則ち小しく福有り、大いに之を為せば、則ち大いに福有り。禍に於いては則ち然らず。小しく之れ有るは、其の亡きに若かざるなり。招を射る者は其の小に中つるを欲するなり。獸を射る者は其の大に中つるを欲するなり。物は固より必ならず。安んぞ推す可けんや。
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論語・為政篇子曰く、其の鬼に非ずして之を祭るは、諂いなり。義を見て為さざるは、勇無きなり。
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