文子 / 精誠
老子曰:人無為而治,有為也即傷。無為而治者,為無為,為者不能無為也,不能無為者,不能有為也。人無言而神,有言即傷。無言而神者載無 言則傷有神之神者。
書き下し
老子曰く、人は無為にして治まり、有為なれば即ち傷る。無為にして治まるは、無為を為す。為す者は無為なる能わず、無為なる能わざる者は、有為なる能わず。人は無言にして神、有言なれば即ち傷る。無言にして神なる者は、無言を載せ、有神の神を傷る。
現代語訳
老子は言った。人は為すことなくして治まり、為すことがあれば傷つく。為すことなくして治まるのは、無為を為すのである。作為する者は無為にはなれず、無為になれない者は、有為にもなれない。人は言葉なくして神であり、言葉があれば傷つく。言葉なくして神である者は、無言を載せ、(以下の句は本文が崩れており意味が取れない)。
解説
無為と有為、無言と有言を対にして、行為や言葉を足すほど傷つく面がある、と述べる短い段です。逆説的なのは、「無為にして治まるは、無為を為す」という言い方で、何もしないのではなく、何もしない状態を作るという積極的な働きを含みます。そして、作為する者は無為になれないが、無為になれない者は本当の意味で有為にもなれない、と畳みます。手を出しすぎる上司は、本当に必要な場面で効く一手を打てません。普段は場を信頼し、必要な時にだけ出る。それが為すべき一手の効き目を保ちます。なお最後の句は欠損が疑われ、解釈を控えます。
この章句が説くこと
人は無為にして治まり無為を為す無為なる能わざる者は無為作為信頼
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