新語 / 至德
夫形重者則心煩,事眾者則身勞;心煩者則刑罰縱橫而無所立,身勞者則百端迴邪而無所就。是以君子之為治也,塊然若無事,寂然若無聲,官府若無吏,亭落若無民,閭里不訟於巷,老幼不愁於庭,近者無所議,遠者無所聽,郵無夜行之卒,鄉無夜召之征,犬不夜吠,雞不夜鳴,耆老甘味於堂,丁男耕耘於野,在朝者忠於君,在家者孝於親;於是賞善罰惡而潤色之,興辟雍庠序而教誨之,然後賢愚異議,廉鄙異科,長幼異節,上下有差,強弱相扶,大小相懷,尊卑相承,雁行相隨,不言而信,不怒而威,豈待堅甲利兵、深牢刻令、朝夕切切而後行哉?
新字:夫形重者則心煩,事衆者則身労;心煩者則刑罰縦横而無所立,身労者則百端迴邪而無所就。是以君子之為治也,塊然若無事,寂然若無声,官府若無吏,亭落若無民,閭里不訟於巷,老幼不愁於庭,近者無所議,遠者無所聴,郵無夜行之卒,郷無夜召之征,犬不夜吠,鶏不夜鳴,耆老甘味於堂,丁男耕耘於野,在朝者忠於君,在家者孝於親;於是賞善罰悪而潤色之,興辟雍庠序而教誨之,然後賢愚異議,廉鄙異科,長幼異節,上下有差,強弱相扶,大小相懐,尊卑相承,雁行相随,不言而信,不怒而威,豈待堅甲利兵、深牢刻令、朝夕切切而後行哉?
書き下し
夫れ形重き者は則ち心煩わしく、事衆き者は則ち身労す。心煩わしき者は則ち刑罰縦横にして立つ所無く、身労する者は則ち百端迴邪して就る所無し。是を以て君子の治を為すや、塊然として事無きが若く、寂然として声無きが若く、官府に吏無きが若く、亭落に民無きが若し。閭里は巷に訟えず、老幼は庭に愁えず、近き者は議する所無く、遠き者は聴く所無く、郵に夜行の卒無く、郷に夜召の征無く、犬は夜吠えず、鶏は夜鳴かず。耆老は堂に味を甘しとし、丁男は野に耕耘し、朝に在る者は君に忠に、家に在る者は親に孝なり。是に於て善を賞し悪を罰して之を潤色し、辟雍庠序を興して之を教誨し、然る後に賢愚議を異にし、廉鄙科を異にし、長幼節を異にし、上下に差有り、強弱相扶け、大小相懐い、尊卑相承け、雁行相随う。言わずして信あり、怒らずして威あり。豈に堅甲利兵、深牢刻令、朝夕切切たるを待ちて後に行われんや。
現代語訳
形が重い者は心が煩わしく、事が多い者は身が疲れます。心が煩わしければ刑罰は入り乱れて定まらず、身が疲れれば様々なことが曲がりくねって成し遂げられません。そのため君子が治めるときには、どっしりと何事もないようで、静まって声もないようで、役所に役人がいないようで、村の宿場に民がいないようです。里の人々は路地で訴えず、老人も子どもも庭で愁えず、近い者は議論することもなく、遠い者も聞くべきことがなく、宿場には夜に走る兵もなく、郷には夜に呼び出す徴発もなく、犬は夜に吠えず、鶏は夜に鳴きません。老人は堂で食事を楽しみ、働き盛りの男は野で耕し、朝廷にいる者は君に忠実で、家にいる者は親に孝行です。そうしたうえで、善を賞し悪を罰して整え、学校を興して教え諭し、その後に賢者と愚者は議を異にし、清廉な者と卑しい者は科を異にし、年長者と年少者は節度を異にし、上下に差があり、強弱は助け合い、大小は思い合い、尊卑は受け継ぎ、雁の列のように従い合います。言わなくても信じられ、怒らなくても威があります。堅い鎧や鋭い兵、深い牢や厳しい法令、朝夕きびしく迫ることを待って、はじめて行われるものでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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文子・自然故に恵を為せば即ち姦を生じ、暴を為せば即ち乱を生ず。姦乱の俗は、亡国の風なり。故に国に誅せらるる者有りて主に怒り無く、朝に賞せらるる者有りて君は与らず。誅せらるる者は君を怨まず、罪の当たればなり。賞せらるる者は上を徳とせず、功の致す所なればなり。民は誅賞の来たること、皆な身に生ずるを知る、故に功に務め業を修め、賜を人に受けず。是を以て朝廷は蕪れて跡無く、田野は辟けて穢れ無し。故に太上は下之有るを知るのみ。王道なる者は、無為の事に処り、不言の教えを行い、清静にして動かず、一度にして揺がず、因循して下に任せ、成るを責めて労せず、謀るに失策無く、挙ぐるに過事無く、言に文章無く、行いに儀表無く、進退は時に応じ、動静は理に循い、美醜を好憎せず、賞罰に喜怒せず。名は各おの自ら命じ、類は各おの自ら以い、事は自然に由り、己より出ずる莫し。若し之を狭くせんと欲すれば、乃ち是れ之を離つなり。若し之を飾らんと欲すれば、乃ち是れ之を賊うなり。
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