文子 / 精誠
老子曰:人主之思,神不馳於胸中,智不出於四域,懷其仁誠之心,甘雨以時,五穀蕃殖,春生夏長,秋收冬藏,月省時考,終歲獻貢,養民以公,威厲以誠,法省不煩,教化如神,法寬刑緩,囹圄空虛,天下一俗,莫懷姦心,此聖人之恩也。夫上好取而無量,即下貪功而無讓,民貧苦而分爭生,事力勞而無功,智詐萌生,盜賊滋彰,上下相怨,號令不行,夫水濁者魚噞,政苛者民亂,上多欲即下多詐,上煩擾即下不定,上多求即下交爭,不治其本而救之於末,無以異於鑿渠而止水,抱薪而救火。聖人事省而治,求寡而贍,不施而仁,不言而信,不求而得,不為而成,懷自然,保至真,抱道推誠,天下從之如響之應聲,影之像形,所脩者本也。
新字:老子曰:人主之思,神不馳於胸中,智不出於四域,懐其仁誠之心,甘雨以時,五穀蕃殖,春生夏長,秋収冬蔵,月省時考,終歳献貢,養民以公,威厲以誠,法省不煩,教化如神,法寛刑緩,囹圄空虚,天下一俗,莫懐姦心,此聖人之恩也。夫上好取而無量,即下貪功而無譲,民貧苦而分争生,事力労而無功,智詐萌生,盗賊滋彰,上下相怨,号令不行,夫水濁者魚噞,政苛者民乱,上多欲即下多詐,上煩擾即下不定,上多求即下交争,不治其本而救之於末,無以異於鑿渠而止水,抱薪而救火。聖人事省而治,求寡而贍,不施而仁,不言而信,不求而得,不為而成,懐自然,保至真,抱道推誠,天下従之如響之応声,影之像形,所脩者本也。
書き下し
老子曰く、人主の思いは、神胸中に馳せず、智四域を出でず、其の仁誠の心を懐き、甘雨時を以てし、五穀蕃殖し、春生じ夏長じ秋収め冬蔵む。月に省み時に考し、終歳貢を献じ、民を養うに公を以てし、威厲に誠を以てし、法省いて煩わしからず、教化神の如し。法寛く刑緩く、囹圄空虚にして、天下一俗、姦心を懐く莫し。此れ聖人の恩なり。夫れ上取るを好みて量り無ければ、即ち下功を貪りて譲る無し。民貧苦して分争生じ、事力労して功無く、智詐萌生し、盗賊滋ます彰らかに、上下相い怨み、号令行われず。夫れ水濁れば魚噞し、政苛なれば民乱る。上欲多ければ即ち下詐多く、上煩擾なれば即ち下定まらず、上求め多ければ即ち下交々争う。其の本を治めずして之を末に救うは、渠を鑿ちて水を止め、薪を抱きて火を救うに異ならず。聖人は事省いて治まり、求め寡くして贍り、施さずして仁、言わずして信、求めずして得、為さずして成る。自然を懐き、至真を保ち、道を抱き誠を推せば、天下之に従うこと響の声に応じ、影の形に像るが如し。修むる所のものは本なり。
現代語訳
老子は言った。君主の思いは、精神を胸の中から外に馳せず、知恵は四方の領域に出歩かず、仁と誠の心を懐いていれば、恵みの雨は時に降り、五穀は豊かに実り、春に生じ夏に伸び秋に収め冬に蔵する。月ごとに省み、時ごとに考課し、年の終わりに貢ぎを献じ、民を養うのに公をもってし、威厳は誠を伴い、法は簡略で煩わしくなく、教化は神のようである。法は寛やかで刑は緩く、牢獄は空になり、天下は一つの風俗となり、よこしまな心を懐く者がいない。これが聖人の恩である。さて上が取ることを好んで限りがなければ、下は功を貪って譲らない。民は貧しく苦しんで争いが生まれ、事業は力を尽くしても功がなく、悪知恵が芽生え、盗賊がますます現れ、上下が怨み合い、号令が行われない。水が濁れば魚が口を出し、政が厳しければ民が乱れる。上に欲が多ければ下に偽りが多く、上が煩雑に騒げば下は落ち着かず、上が求めることが多ければ下は互いに争う。その根本を治めずに末で救おうとするのは、水路を掘って水を止め、薪を抱えて火を消そうとするのと変わらない。聖人は事を省いて治まり、求めることが少なくて足り、施さなくても仁、言わなくても信、求めなくても得、為さなくても成る。自然を懐き、至真を保ち、道を抱いて誠を推せば、天下はこれに従うこと、響きが声に応じ、影が形に似るようである。修めるものは根本である。
解説
この章句が説くこと
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『武士道』第六章 禮儀・誠を語ると礼を守ると試みに日本人に向ひ、誠を語ると、礼を守ると、いづれか重きやと問はば、彼れ必ずや、全く米人に相反するの辞を以て答とせんと云ふものあり。其説の当否はしばらく之を置き、次章『至誠』を説くの項下に於て、之に論及するものあらん。
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呂氏春秋・士容②齊に善く狗を相する者有り。其の鄰假いて以て鼠を取るの狗を買わんとす。期年にして乃ち之を得て、曰く、「是れ良狗なり。」其の鄰、之を畜うこと數年なれども、鼠を取らず。以て相する者に告ぐ。相する者曰く、「此れ良狗なり。其の志は獐麋豕鹿に在り、鼠に在らず。其の鼠を取らんことを欲せば、則ち之に桎せよ。」其の鄰、其の後ろ足に桎すれば、狗乃ち鼠を取る。夫れ驥驁の氣、鴻鵠の志、人心に諭らるる者有るは誠なればなり。人も亦た然り。誠之れ有れば則ち神、人に應ず。言豈に以て之を諭すに足らんや。此を不言の言と謂うなり。
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荀子・不苟篇君子の心を養うは誠より善きは莫し。誠を致さば則ち它事無し。唯だ仁のみ之れ守と為し、唯だ義のみ之れ行と為す。心を誠にして仁を守れば則ち形れ、形るれば則ち神なり、神なれば則ち能く化す。心を誠にして義を行なえば則ち理あり、理あれば則ち明らかなり、明らかなれば則ち能く変ず。変化代わる代わる興る、之を天徳と謂う。天は言わずして人は高きを推し、地は言わずして人は厚きを推し、四時は言わずして百姓は期す。夫れ此れ常有るは、其の誠を至せる者を以てなり。君子の至徳は、嘿然として喩り、未だ施さずして親しみ、怒らずして威あり。夫れ此れ命に順うは、其の独りを慎む者を以てなり。善の道を為すや、誠ならざれば則ち独ならず、独ならざれば則ち形れず、形れざれば則ち心に作り、色に見れ、言に出づと雖も、民は猶お未だ従わざるが若し。従うと雖も必ず疑う。天地は大と為すも、誠ならざれば則ち万物を化する能わず。聖人は知と為すも、誠ならざれば則ち万民を化する能わず。父子は親と為すも、誠ならざれば則ち疏し。君上は尊と為すも、誠ならざれば則ち卑し。夫れ誠なる者は、君子の守る所にして、政事の本なり。唯だ居る所にして其の類を以て至る。之を操れば則ち之を得、之を舎つれば則ち之を失う。操りて之を得れば則ち軽し、軽ければ則ち独行す。独行して舎てざれば、則ち済る。済りて材尽き、長く遷りて其の初めに反らざれば、則ち化す。
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言志四録・南洲手抄意の誠否は、須らく夢寐中の事に於て之を験すべし。
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論語・八佾篇祭ること在るが如く。神を祭ること神在るが如し。子曰く、『吾、祭に与らざれば、祭らざるが如し。』
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