文子 / 精誠
老子曰:昔黃帝之治天下,理日月之行,治陰陽之氣,節四時之度,正律曆之數,別男女,明上下,使強不掩弱,眾不暴寡,民保命而不夭,歲時熟而不凶,百官正而無私,上下調而無尤,法令明而不闇,輔佐公而不阿,田者讓畔,道不拾遺,市不預賈,故於此時,日月星辰不失其行,風雨時節,五穀豐昌,鳳皇翔於庭,麒麟游於郊。虙犧氏之王天下,枕石寢繩,殺秋約冬,負方州,抱員天,陰陽所擁沉滯不通者竅理之,逆氣戾物傷民厚積者絕止之,其民童蒙不知西東,視瞑瞑,行蹎蹎,侗然自得,莫知其所由,浮游汎然,不知所本,罔養不知所如往,當此之時,禽獸蟲蛇無不懷其爪牙,藏其螫毒,功揆天地。至黃帝要繆乎太祖之下,然而不章其功,不揚其名,隱真人之道,以從天地之固然,何即道德上通,而智故消滅也。
新字:老子曰:昔黄帝之治天下,理日月之行,治陰陽之気,節四時之度,正律暦之数,別男女,明上下,使強不掩弱,衆不暴寡,民保命而不夭,歳時熟而不凶,百官正而無私,上下調而無尤,法令明而不闇,輔佐公而不阿,田者譲畔,道不拾遺,市不預賈,故於此時,日月星辰不失其行,風雨時節,五穀豊昌,鳳皇翔於庭,麒麟游於郊。虙犠氏之王天下,枕石寝縄,殺秋約冬,負方州,抱員天,陰陽所擁沈滞不通者竅理之,逆気戻物傷民厚積者絶止之,其民童蒙不知西東,視瞑瞑,行蹎蹎,侗然自得,莫知其所由,浮游汎然,不知所本,罔養不知所如往,当此之時,禽獣虫蛇無不懐其爪牙,蔵其螫毒,功揆天地。至黄帝要繆乎太祖之下,然而不章其功,不揚其名,隠真人之道,以従天地之固然,何即道徳上通,而智故消滅也。
書き下し
老子曰く、昔、黄帝の天下を治むるや、日月の行を理め、陰陽の気を治め、四時の度を節し、律暦の数を正し、男女を別ち、上下を明らかにし、強をして弱を掩わず、衆をして寡を暴せざらしめ、民は命を保ちて夭せず、歳時熟して凶ならず、百官正しくして私無く、上下調いて尤無く、法令明らかにして闇からず、輔佐公にして阿らず、田者は畔を譲り、道に遺を拾わず、市に預賈せず。故に此の時に於いて、日月星辰其の行を失わず、風雨時節し、五穀豊昌し、鳳皇は庭に翔け、麒麟は郊に遊ぶ。虙犠氏の天下に王たるや、石を枕とし縄に寝ね、秋に殺し冬に約し、方州を負い、円天を抱き、陰陽の擁する所の沈滞して通ぜざるものは之を竅理し、逆気戻物の民を傷ること厚く積むものは之を絶止す。其の民は童蒙にして西東を知らず、視ること瞑瞑、行くこと蹎蹎、侗然として自得し、其の由る所を知る莫く、浮遊汎然として、本とする所を知らず、罔養として如き往く所を知らず。此の時に当たり、禽獣虫蛇も其の爪牙を懐き、其の螫毒を蔵さざる無く、功は天地を揆る。黄帝に至り太祖の下に要繆す、然れども其の功を章らかにせず、其の名を揚げず、真人の道を隠し、以て天地の固然に従う。何ぞや、道徳上に通じて、智故消滅すればなり。
現代語訳
老子は言った。昔、黄帝が天下を治めたとき、日月の運行を整え、陰陽の気を治め、四季の度を調え、音律と暦の数を正し、男女を分け、上下を明らかにし、強い者が弱い者を覆い隠さず、多数が少数を乱暴に扱わないようにした。民は命を保って若死にせず、年ごとの稔りは実って凶作がなく、百官は正しく私心がなく、上下は調和して咎めがなく、法令は明らかで暗くなく、補佐は公正で媚びず、田を耕す者は畔を譲り合い、道に落とし物を拾わず、市場では値をつり上げなかった。そのため、この時には日月星辰がその運行を失わず、風雨は時節に適い、五穀は豊かに実り、鳳凰が庭に舞い、麒麟が郊外に遊んだ。伏羲氏が天下の王であったときは、石を枕にし縄の上に寝て、秋に殺して冬に収めることを約し、大地を背負い丸い天を抱き、陰陽が滞って通じなくなったものは穴を開けて通し、逆気や悪しき物が人を深く傷めるものは断ち止めた。その民は幼子のようで東西も知らず、視線はぼんやり、歩みはゆったりと、素朴にして自得し、何によるかを知らず、ふわふわと漂い、何を本とするかも知らず、ぼんやりとして行き先も知らなかった。この時には、鳥獣や虫や蛇も爪や牙をしまい、毒針を隠さないものはなく、その功は天地に匹敵した。黄帝に至り、太祖の下で事をたどったが、その功を明らかにせず、名を揚げず、真人の道を隠して、天地のもとからの姿に従った。なぜか。道と徳が上に通じて、小賢しさが消えたからである。
解説
この章句が説くこと
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