文明一統記 / 政道・何事も帰するところは政道を正すこと
何事を申ても、おちふす所は、たゞ政道を正しく行はんにはしくべからず、近年寺祉の本所領を無理に押へ、知行せるかた〱のこと、猛惡の心を先として、後代の名をも恥辱をもかへりみざるにや、流石代々忠節奉公をいたせる家にて、忽に先祖の跡をはづかしむること、口惜とも中〱いふ計なし、其身一期の事はさもこそ侍らめ、子孫を思ふ心のなきは、頗遠慮なきに侍らずや、是によりて政道のことを指をかるゝ條は、千萬然るべからず、けりやう上裁に應ぜざる人においては、彼ら申入事も、聞しめし入られざらんが、其いはれ有ににたり、惣別に御心をやすめらるゝ時は、とが有物も、なき物も差異なかるべし、かつうは又すてば拾はむと、申事の侍れば、いかなる野心を存ずるものも出來べし、かた〱然べからず、此前にも既に御判初有し上は、もし與奪申されば、御代官として、やすきことなど御成敗あらんに、何のやうか侍るべき、一方むきのさたは、奉行披露に任せて、御敎書に御判をすへられん計也、たとひ又破戒のさた成とも、兩方の訴陳せんことを、誰にても兩三人に仰付られて、批判をせられて、理有方へ付られんも、いとやすき事なるべし、一旦聞あやまり、又見落したる事などあらば、越訴をたてゝ申さんとき、改められんと、是又今はじめたる事にあらず、むかしより有來ことなるべし、萬機の政なれば、一日二日の懈怠だにも然べからず、それを一かうにうち捨られんことは、勿躰なき事成べし、よく〱御思案有べきにや、事多しといへども、筆かぎりあれば、大かたはからひ申侍るもの也、
新字:何事を申ても、おちふす所は、たゞ政道を正しく行はんにはしくべからず、近年寺祉の本所領を無理に押へ、知行せるかた〱のこと、猛悪の心を先として、後代の名をも恥辱をもかへりみざるにや、流石代々忠節奉公をいたせる家にて、忽に先祖の跡をはづかしむること、口惜とも中〱いふ計なし、其身一期の事はさもこそ侍らめ、子孫を思ふ心のなきは、頗遠慮なきに侍らずや、是によりて政道のことを指をかるゝ条は、千万然るべからず、けりやう上裁に応ぜざる人においては、彼ら申入事も、聞しめし入られざらんが、其いはれ有ににたり、惣別に御心をやすめらるゝ時は、とが有物も、なき物も差異なかるべし、かつうは又すてば拾はむと、申事の侍れば、いかなる野心を存ずるものも出来べし、かた〱然べからず、此前にも既に御判初有し上は、もし与奪申されば、御代官として、やすきことなど御成敗あらんに、何のやうか侍るべき、一方むきのさたは、奉行披露に任せて、御教書に御判をすへられん計也、たとひ又破戒のさた成とも、両方の訴陳せんことを、誰にても両三人に仰付られて、批判をせられて、理有方へ付られんも、いとやすき事なるべし、一旦聞あやまり、又見落したる事などあらば、越訴をたてゝ申さんとき、改められんと、是又今はじめたる事にあらず、むかしより有来ことなるべし、万機の政なれば、一日二日の懈怠だにも然べからず、それを一かうにうち捨られんことは、勿体なき事成べし、よく〱御思案有べきにや、事多しといへども、筆かぎりあれば、大かたはからひ申侍るもの也、
書き下し
何事を申ても、おちふす所は、たゞ政道を正しく行はんにはしくべからず、近年寺祉の本所領を無理に押へ、知行せるかた〱のこと、猛惡の心を先として、後代の名をも恥辱をもかへりみざるにや、流石代々忠節奉公をいたせる家にて、忽に先祖の跡をはづかしむること、口惜とも中〱いふ計なし、其身一期の事はさもこそ侍らめ、子孫を思ふ心のなきは、頗遠慮なきに侍らずや、是によりて政道のことを指をかるゝ條は、千萬然るべからず、けりやう上裁に應ぜざる人においては、彼ら申入事も、聞しめし入られざらんが、其いはれ有ににたり、惣別に御心をやすめらるゝ時は、とが有物も、なき物も差異なかるべし、かつうは又すてば拾はむと、申事の侍れば、いかなる野心を存ずるものも出來べし、かた〱然べからず、此前にも既に御判初有し上は、もし與奪申されば、御代官として、やすきことなど御成敗あらんに、何のやうか侍るべき、一方むきのさたは、奉行披露に任せて、御敎書に御判をすへられん計也、たとひ又破戒のさた成とも、兩方の訴陳せんことを、誰にても兩三人に仰付られて、批判をせられて、理有方へ付られんも、いとやすき事なるべし、一旦聞あやまり、又見落したる事などあらば、越訴をたてゝ申さんとき、改められんと、是又今はじめたる事にあらず、むかしより有來ことなるべし、萬機の政なれば、一日二日の懈怠だにも然べからず、それを一かうにうち捨られんことは、勿躰なき事成べし、よく〱御思案有べきにや、事多しといへども、筆かぎりあれば、大かたはからひ申侍るもの也、
現代語訳
何を言っても、行き着くところは、ただ政道を正しく行うことに及ぶものはありません。近年、寺社の本所領を無理に押さえ、知行している方々については、猛々しい悪心を先にして、後の世の名誉も恥辱も顧みないのでしょうか。代々忠節奉公をしてきた家なのに、たちまち先祖の跡を辱めることは、口惜しいとも言いようがありません。その身一代のことはともかく、子孫を思う心がないのは、ひどく思慮がないのではないでしょうか。それゆえ、政道のことを後回しにされる箇条は、まったくよくありません。上の裁きに従わない人については、その者が申し入れることも、聞き入れられないのは、道理があるように思えます。総じて、お心を緩められるときは、咎のある者もない者も区別がなくなります。かつはまた、捨てれば拾おうと申すこともあって、どのような野心を抱く者も現れるでしょう。いずれにしてもよくありません。この前にも既にお判を始められた上は、もし与奪を申しつけるなら、代官として、容易な事柄などは裁かれることに何の差し支えがありましょう。一方だけの訴えは、奉行の披露に任せて、御教書にお判を据えるだけのことです。たとえまた戒めに背く訴えであっても、双方が訴状と陳状を出すことを、誰でも二、三人に仰せつけて、判断をさせ、理のある方に付けられるのも、たいへん容易なことでしょう。一度聞き誤り、また見落としたことなどがあれば、越訴を立てて申すときに改められるのも、今に始まったことではなく、昔からあったことでしょう。万機の政ですから、一日二日の怠りでさえよくありません。それをまったく打ち捨てられることは、もったいないことです。よくよくご思案なさるべきでしょう。事は多いけれども、筆に限りがありますので、おおよそを申し述べたまでです。
解説
この章句が説くこと
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『武士訓』卷三・第18段むかし晉悼公の大夫祁奚年老たりしかば。悼公祁奚にむかひて。汝が後役にたれをかなすべきやと問れしに。答て解狐しかるべしとまうす。悼公それは其方と中あしきものにあらずやとありしに。祁奚がいはく。君はわが後役によろしかるべきものを問給ふ。中あしきを問なふにあらず。是によりて解狐をさしまうすと答ふ。悼公また國の尉にはたれかしかるべからんと有しに。こたえていはく午よろしかるべし。悼公いはくそれは其方が子にあらずや。祁奚いはく。君はその役にしかるべきものを問給ふ。子を問たまふにあらず。これによりてこたえ奉ること右のごとしとまうせり。外仇讐を避ず。内親戚を避ず。至て公なりと。そのころの人感じたりとなり。今おもふに。祁奚が外仇讐を避けざるは後人まなんで可なり。内親戚を避ざるは悼公祁奚は可なり。後人まなぶに遠慮あるべし。
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『春秋左氏伝』宣公十六年 民の多幸は国の不幸十六年春、晉の士會師を帥ゐて赤狄の甲氏及び留吁・鐸辰を滅ぼす。三月、狄の俘を獻ず。晉侯王に請ひ、戊申、黻冕を以て士會に命じて中軍に將とし、且つ大傅と為す。是に於て晉國の盜、逃れて秦に奔る。羊舌職曰く、「吾之を聞く、禹善人を稱げて、不善人遠ざかると。此の謂なり。夫れ詩に曰く、『戰戰兢兢として、深淵に臨むが如く、薄冰を履むが如し』と。善人上に在るなり。善人上に在れば、則ち國に幸民無し。諺に曰く、『民の幸多きは、國の不幸なり』と。是れ善人無きの謂なり」と。夏、成周の宣榭火あり、人之に火するなり。凡そ火は、人火を火と曰ひ、天火を災と曰ふ。秋、郯の伯姬來り歸る、出されたるなり。毛・召の難の故の為に、王室復た亂る。王孫蘇晉に奔る、晉人之を復す。冬、晉侯士會をして王室を平がしむ。定王之を享し、原襄公禮を相く。殽烝す。武子私かに其の故を問ふ。王之を聞き、武子を召して曰く、「季氏、而聞かざるか。王の享には體薦有り、宴には折俎有り。公は享に當り、卿は宴に當る、王室の禮なり」と。武子歸りて典禮を講求し、以て晉國の法を脩む。
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『武家家訓集』朝倉敏景十七箇条「追書(役人の私と他国の悪党)」一、諸沙汰在所の時、理非少しも曲げらるまじく候。もし役人わたくしも致し候由聞き及ばれ候はば、同罪に堅く申し付けらるべく候。しよちうつろをぎんみ申し候沙汰致し候へば、他国の悪党出でぬものなり。みだりがはしき所と知られ候へば、他家より手を入るるものにて候。
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『臣軌』卷上 公正章人を理むるの道は万端なるも、之を行う所以は一に在り。一とは何ぞや。公のみ。唯だ公心のみ以て国を奉ず可く、唯だ公心のみ以て家を理む可し。公道行わるれば、則ち神明労せずして邪自ずから息み、私道行わるれば、則ち刑罰繁くして邪禁ぜられず。故に公の道為るや、言甚だ少なくして用甚だ博し。夫れ心なる者は、神明の主、万理の統なり。動きて正を失わざれば、天地も感ず可し、而るを況んや人に於いてをや。故に古の君子は、先ず其の心を正す。
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『春秋左氏伝』昭公十四年 古の遺直冬十二月、蒲餘侯茲夫莒の公子意恢を殺す。郊公齊に奔る。公子鐸庚與を齊に逆ふ。齊の隰黨・公子鉏之を送り、賂田有り。晉の邢侯雍子と鄐の田を爭ひ、久しくして成る無し。士景伯楚に如き、叔魚理を攝す。韓宣子命じて舊獄を斷ぜしむ。罪雍子に在り。雍子其の女を叔魚に納る。叔魚罪を邢侯に蔽す。邢侯怒り、叔魚と雍子とを朝に殺す。宣子其の罪を叔向に問ふ。叔向曰く、「三人罪を同じくす。生けるを施し死せるを戮して可なり。雍子自ら其の罪を知りて、賂して以って直を買ふ。鮒や獄を鬻ぐ。邢侯專ら殺す。其の罪一なり。己惡しくして美を掠むるを昏と為し、貪りて以って官を敗るを墨と為し、人を殺して忘れざるを賊と為す。夏書に曰く、『昏・墨・賊は殺す』と。皋陶の刑なり。請ふ之に從はん」と。乃ち邢侯を施して、雍子と叔魚とを市に尸す。仲尼曰く、「叔向は、古の遺直なり。國を治め刑を制するに、親に隱さず。三たび叔魚の惡を數へて、末減を為さず。曰く、義なるかな、直と謂ふ可し。平丘の會に、其の賄を數へて、以って衛國を寬くし、晉暴を為さず。魯の季孫を歸すに、其の詐を稱して、以って魯國を寬くし、晉虐を為さず。邢侯の獄に、其の貪を言ひて、以って刑書を正し、晉頗を為さず。三たび言ひて三惡を除き、三利を加ふ。親を殺して榮を益す、猶ほ義なるかな」と。
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『呻吟語』外篇・治道・公正の二字公正の二字は是れ世界を撐持し底る。這の二字沒し了はれば、便ち天を塌さん。

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