武教小学 / 財寶器物
夫財寶者。給乏者。救貧者。省不給。招賢者。聚士之禮用也。器物者。爲令足今日之用也。爲士之道。委身於主君。守死於全道。是古人之格言也。若客財寶。翫器物。則武義自闕如。臨大節。而殆不可忘家。思家之切。棄義而遁死。受誹於指頭。及污於父祖。人面獸心之事。何樂有之平。金銀財器有餘之輩。或失國滅家。易身積財之士。古今不可枚擧。豈可忽如平。師嘗曰。天下之財寶者。天下之財寶。而能交易利潤。而通用萬物。故是曰財寶。有財之人。皆言厭費。不知費。金玉盈堂。財器在府。而不知施用。則天下之財滯一所。而不爲天下之用。費蔽何事如之平。人好財。則大概客嗇之。故聖人以金玉不爲財。不貴難得之財。況藏士器畫軸銅鐵之器而財之。以千金易之。其惑甚平。
新字:夫財宝者。給乏者。救貧者。省不給。招賢者。聚士之礼用也。器物者。為令足今日之用也。為士之道。委身於主君。守死於全道。是古人之格言也。若客財宝。翫器物。則武義自闕如。臨大節。而殆不可忘家。思家之切。棄義而遁死。受誹於指頭。及汚於父祖。人面獣心之事。何楽有之平。金銀財器有余之輩。或失国滅家。易身積財之士。古今不可枚挙。豈可忽如平。師嘗曰。天下之財宝者。天下之財宝。而能交易利潤。而通用万物。故是曰財宝。有財之人。皆言厭費。不知費。金玉盈堂。財器在府。而不知施用。則天下之財滞一所。而不為天下之用。費蔽何事如之平。人好財。則大概客嗇之。故聖人以金玉不為財。不貴難得之財。況蔵士器画軸銅鉄之器而財之。以千金易之。其惑甚平。
書き下し
夫れ財宝は、乏しきに給し、貧しきを救い、給せざるを省き、賢を招き、士を聚むるの礼用なり。器物は、今日の用に足らしめんが為なり。士たるの道は、身を主君に委ね、死を守りて道を全うす。是れ古人の格言なり。若し財宝を客み、器物を翫べば、則ち武義自ら闕如す。大節に臨みて、殆ど家を忘る可からず。家を思うの切なる、義を棄てて死を遁れ、誹りを指頭に受け、汚れを父祖に及ぼす。人面獣心の事、何の楽しみか之れ有らん平。金銀財器余り有るの輩、或いは国を失い家を滅ぼし、身を易え財を積むの士、古今枚挙す可からず。豈に忽にするが如くならん平。師嘗て曰く、天下の財宝は、天下の財宝にして、能く利潤を交易し、万物に通用す。故に是を財宝と曰う。財有るの人、皆費を厭うと言う。費を知らず。金玉堂に盈ち、財器府に在りて、施用を知らざれば、則ち天下の財一所に滞りて、天下の用を為さず。費蔽何事か之に如かん平。人財を好めば、則ち大概之を客嗇す。故に聖人は金玉を以て財と為さず。得難きの財を貴ばず。況んや士器画軸銅鉄の器を蔵して之を財とし、千金を以て之を易うるは、其の惑い甚だしき平。
現代語訳
そもそも財宝とは、乏しい者に与え、貧しい者を救い、足りないところを補い、賢者を招き、士を集めるための礼に用いるものです。器物は、今日の用に足りればそれでよいものです。士のあり方は、身を主君に預け、死をもって道を全うすることにあります。これは古人の格言です。もし財宝を惜しみ、器物をもてあそべば、武士としての義はおのずから欠けてしまいます。大事な節目に臨んでも、家のことを忘れきれません。家を思う気持ちが切実なあまり、義を捨てて死を逃れ、人々から指をさして非難され、汚名を父祖にまで及ぼすことになります。人の顔をした獣の心というべきこの振る舞いに、どんな楽しみがあるでしょうか。金銀や財器があり余る者が、国を失い家を滅ぼした例や、身を替えてまで財を積んだ士の例は、昔から今まで数えきれません。どうして軽く見てよいでしょうか。師はかつてこう言われました。天下の財宝は天下の財宝であって、利潤を交換し、あらゆる物に通用するから財宝というのだ。財のある人は皆、費えを嫌うと言うが、費えというものを知らないのだ。金玉が堂に満ち、財器が蔵にあっても、使うことを知らなければ、天下の財が一か所に滞って、天下の用をなさない。費えを覆い隠すことに、これ以上のものがあろうか。人は財を好めば、たいていけちになる。だから聖人は金玉を財とせず、手に入りにくい品を貴ばなかった。まして、土器や掛け軸、銅や鉄の器を蔵しこれを財として、千金で買うのは、迷いのはなはだしいことだ、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武教小学』與受凡そ施受の道は、君臣上下の義、朋友相接するの礼にして、士の慎み守る可き所なり。法に曰く、軍に財無ければ、士来たらず。軍に賞無ければ士行かず。香餌の下には、懸魚有り。重賞の下には、必ず死夫有り。又曰く、魚は其の餌を食らい、乃ち緡に牽かる。人は其の禄を食らい、乃ち其の君に服す。禄を以て人を取るは、皆是れ古の制なり。財禄有りと雖も、与え施さざれば、則ち士卒の来たり服する無く、唯だ匹夫の独身なり。与え施すこと分を超ゆれば、財竭き禄乏しくして、武備又何ぞ整わん平。故に出納を計り、度量を考えて、或いは施し或いは与う。是れ士たるの法なり。(凡そ納を計りて出を制し、度を考えて量を知れば、則ち過不及の謬り無し。論語に曰く、出納の吝かなる、之を有司と謂う、云々、と。出納の際に於いて、其の当を知らず。故に及ばざるを吝と曰い、過ぐるを奢と曰うなり。)与え施すこと道義に於いてせざれば、則ち義士来たらず。伝に曰く、義士を使うには、財を以てす可からず。爾来の食、乞食の者は、之を受けず。豈に慎まざる可けん平。受くるの道は、義有れば、則ち物の軽重に依らず、之を受く可し。(天下は重器也。堯之を舜に授け、舜之を禹に授けて、辞譲せず。爾汝の言至って少なり。人能く之を受けず。孟子曰く、人能く無受爾汝の実を充たせば、往く所として義為らざる無し。朱子曰く、爾汝は人の軽賤する所の称なり。)一義一道を闕けば、則ち千鍾の禄天下の重と雖も、受く可からず。凡そ仕官の士、俸禄の外に、施与を受けんと欲し、分を超え量を過ぐるの輩は、敖金と為さんと欲する平。(施子曰く、小民の家、故無くして百金を得るは、大福有るに非ざれば、必ず大咎有り。何となれば則ち彼の獲る所は、数金に過ぎず。其の得る所の者微にして、用いる所の者狭し。故無くして百金を得れば、則ち其の志を驕らせて、其の守る所を喪う。之を得ると雖も必ず失う、云々。敖金とは、家用の財に非ずして、敖の為の金なり。)然らずんば、客嗇財を積むの俗、堂と為さんと欲する平。両つながら当然の理を失う也。施与と受くるとは、士の専ら慎む可き也。或ひと曰く、士は客嗇して財を積むと与ならば、寧ろ之を施して余り有れ。
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呂氏春秋・髙義①君子の自ら行うや、動けば必ず義に縁る。行うこと必ず義に誠なれば、俗、之を窮せりと謂うと雖も、通ずるなり。行うこと義に誠ならず、動くこと義に縁らざれば、俗、之を通ぜりと謂うと雖も、窮せるなり。然らば則ち君子の窮通は、俗に異なる者有るなり。故に功に當りて以て賞を受け、罪に當りて以て罰を受く。賞當たらざれば、之に與うと雖も必ず辭す。罰誠に當たれば、之を赦すと雖も外けず。之を國に度れば、必ず利長久ならん。長久の主に於ける、必ず宜しく內は心に反して慚ぢずして然る後動くべし。
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『講孟余話』盡心上 第三十四章是れ上章「其の有に非ずして之を取るは義に非ず」と云ふに因りて、陳仲子の義、大義とするに足らず、只是れ簞食豆羹を舎つるの義なるを云ふ。陳仲子の事は、滕文公下篇末章に詳らかなり。仲子兄を避け母を離れ、吾が禄を食はず、これ親戚・君臣・上下を亡みするなり。已に人の大倫を外したる人なれば、他の小義は復た云ふに足る者なし。今斉国大なる如しと云へども、畢竟簞食豆羹と異なることなし。孟子論ずる所は物の大小に非ず、乃ち義の大小なり。是れを以て知るべし、聖人は人倫の至りにて、聖人の道は又人倫を以て大綱とす。受与の際に至りては、特に其の細目のみ。夷・斉の餓死する如くにして君臣の義あり、匡章の養はれざる如くにして、却つて父子の親ありと知るべし。
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『弁名』義人多く礼の先王の礼為るを知りて、義も亦た先王の義為るを知らず。故に其の解皆通ぜず。蓋し義は道の分なり。千差万別、各〻宜しき所有り。故に曰く、「義は宜なり」と。先王既に其の千差万別なる者を以て、制して以て礼と為す。学者猶ほ其の之を制する所以の意を伝ふ。是れ所謂礼の義なり。而して其の空言を以て伝ふる者、是れ所謂義なり。故に礼義は皆古より之を伝ふ。豈に先王の義に非ずや。
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『晏子春秋』雑上・崔慶劫齊將軍大夫盟晏子不與崔杼既に莊公を弑して景公を立て、杼と慶封と之を相け、諸将軍大夫、及び顕士庶人を太宮の坎上に劫し、盟わざるを得ざらしむ。壇を為ること三仞、其の下を塪り、甲千を以て列ねて其の内外を環らす。盟う者皆剣を脱して入る。維だ晏子のみ肯んぜず、崔杼之を許す。敢えて盟わざる者有らば、戟其の頸を鉤し、剣其の心を承く。自ら盟わしめて曰く、「崔・慶に与せずして、公室に与する者は、其の不祥を受けん」と。言疾からず、指血に至らざる者は死す。殺す所七人。次いで晏子に及ぶ。晏子杯血を奉じ、天を仰ぎて歎じて曰く、「嗚呼。崔子は無道を為して其の君を弑す。公室に与せずして崔・慶に与する者は、此の不祥を受けん」と。俛して血を飲む。崔杼、晏子に謂いて曰く、「子、子の言を変えれば、則ち斉国は吾子と之を共にせん。子の言を変えざれば、戟既に脰に在り、剣既に心に在り、維だ子之を図れ」と。晏子曰く、「吾を劫すに刃を以てして其の志を失うは、勇に非ざるなり。吾を回すに利を以てして其の君に倍くは、義に非ざるなり。崔子、子独り夫の詩を為まざるか。詩に云う、『莫莫たる葛藟、条枚に施く。愷悌たる君子、福を求めて回ならず』と。今嬰且に以て回りて福を求む可けんや。曲刃もて之を鉤し、直兵もて之を推すとも、嬰は革まらず」と。
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『十善法語』巻第二・不偸盜戒此盗戒ヲ古ヨリ義ニ配スル。是モ的当テハナイ。義ト云ハ。支那国上代ノ教テ。其字ノココロスラムツカシキシヤ。釈名ニハ。義者宜也。裁制事物使合宜也トアル。礼記ニ。父慈子孝。兄良弟弟。夫義婦聴。長恵幼順。君仁臣忠。謂之人義也トアル。戦国ノ時。告子ハ仁内也義外也ト云。孟子ハ義モ内ナリト云。今ノ代ニ至テ。儒者カ講訳スルニモ。家家ニ違フ。又義ノ取用ヒ様ハ。古ノ君子ニテモ人人違フ。古今一定セヌコトシヤ。勿論学匠儒生ニ付シテ。其義趣ヲ説セテ聞ハ。面白キコトモ有ヘク。古今ノ事実行跡ヲ鑑ミハ。治道ノ一助ト成ルヘキナレトモ。王公大人テモ学才ナケレハ。其字義スラ解シ難キシヤ。万国古今ニ推通シ。智愚ニ推通シテ。教ヘ導ク道テハナイ。史記ニ。由余曰。中国所以乱也。夫自上世黄帝作為礼楽。身以先之。僅以小治。及其後世。日以驕婬。阻法度之威。以責督於下。下罷極則以仁義怨望於上。上下交争。怨而相篡弑。至絶滅宗。皆以此類也ト。看ヨ。仁義ハヨク取用レハ聖人ノ道ナレトモ。取ソコナヘハ乱ノ端トナル。
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