武教講録 / 子孫敎戒・教える側の姿勢が次の世代を映す
皆其意深黑不變の色に象り、一適不改の義を取るとなり、然ども、今世淫泆の婦は往々聞くことあれ共、貞烈の婦に至ては寥々乎として響を絕す、然れば、禮儀聊其舊を存すと雖ども、其義は已に泯沒せり、余常に窃かに是を過憂して亂亡の先兆とす、何となれば、物各類あり、故に忠臣を求むるは孝子の門に於てすと云へり、節も亦忠孝の類に非ずや、然れば、今世貞烈の婦に乏しき所以は父兄の敎戒至らざるなり、父兄の敎戒至らざる所以は其自ら君父に事ふる忠孝の心なければ也、今時平に國安ければ宴安に其日を送り、祿を辭し官を罷て去て他邦に往く者あるとなし、然ども是を以て遽に其二君に事ざるの忠心を信ずるに足らんや、滔々たる父兄要皆其忠心なし、故に兒女其敎戒を聞かず、故に人の妻となりて貞烈の節顯れず、人の母となりて其子を敎戒するとを知らず、是父兄女孫朦昧にして無敎戒の世界に生死す、是に於てか烈女なく忠臣なし、今日二三夫四五夫を更て恥ざるの子孫は、異日必ず二三君四五君に事て計を得たりとするの臣僕なり、歐陽公王凝が妻の事を引て馮道を議す、其深意亦推して知べし、有志の士念を起して玆に至らば、安ぞ惻然惕然女子の敎戒に眷々せざるとを得んや、有志の士眞に今の弊を救んとならば先其妻其女を敎戒するに、前に云ふ古烈女の事蹟を以てし、殊更叮嚀に二夫を更ざるの大義を敎戒し置き、其于歸に臨ては又此義を揭示して、且夫家萬々居るに堪ざるのとあらば、自盡するの外、天地間別道あるとなきを敎戒すべし、若し敢て親家に大歸する者あらば、忍びざるとなれ共父兄逼て自盡さすべし、是程の事なれば、最初擇婿の時も勿論苟且なるとなかるべし、又其女子にさへ角く大義を責る程の父兄、其君に事るの忠最も甲斐甲斐敷事共也、唯有志の士深察遠思せよ、
新字:皆其意深黒不変の色に象り、一適不改の義を取るとなり、然ども、今世淫泆の婦は往々聞くことあれ共、貞烈の婦に至ては寥々乎として響を絶す、然れば、礼儀聊其旧を存すと雖ども、其義は已に泯没せり、余常に窃かに是を過憂して乱亡の先兆とす、何となれば、物各類あり、故に忠臣を求むるは孝子の門に於てすと云へり、節も亦忠孝の類に非ずや、然れば、今世貞烈の婦に乏しき所以は父兄の教戒至らざるなり、父兄の教戒至らざる所以は其自ら君父に事ふる忠孝の心なければ也、今時平に国安ければ宴安に其日を送り、禄を辞し官を罷て去て他邦に往く者あるとなし、然ども是を以て遽に其二君に事ざるの忠心を信ずるに足らんや、滔々たる父兄要皆其忠心なし、故に児女其教戒を聞かず、故に人の妻となりて貞烈の節顕れず、人の母となりて其子を教戒するとを知らず、是父兄女孫朦昧にして無教戒の世界に生死す、是に於てか烈女なく忠臣なし、今日二三夫四五夫を更て恥ざるの子孫は、異日必ず二三君四五君に事て計を得たりとするの臣僕なり、欧陽公王凝が妻の事を引て馮道を議す、其深意亦推して知べし、有志の士念を起して玆に至らば、安ぞ惻然惕然女子の教戒に眷々せざるとを得んや、有志の士真に今の弊を救んとならば先其妻其女を教戒するに、前に云ふ古烈女の事跡を以てし、殊更叮嚀に二夫を更ざるの大義を教戒し置き、其于帰に臨ては又此義を掲示して、且夫家万々居るに堪ざるのとあらば、自尽するの外、天地間別道あるとなきを教戒すべし、若し敢て親家に大帰する者あらば、忍びざるとなれ共父兄逼て自尽さすべし、是程の事なれば、最初択婿の時も勿論苟且なるとなかるべし、又其女子にさへ角く大義を責る程の父兄、其君に事るの忠最も甲斐甲斐敷事共也、唯有志の士深察遠思せよ、
書き下し
皆其意深黑不變の色に象り、一適不改の義を取るとなり、然ども、今世淫泆の婦は往々聞くことあれ共、貞烈の婦に至ては寥々乎として響を絕す、然れば、禮儀聊其舊を存すと雖ども、其義は已に泯沒せり、余常に窃かに是を過憂して亂亡の先兆とす、何となれば、物各類あり、故に忠臣を求むるは孝子の門に於てすと云へり、節も亦忠孝の類に非ずや、然れば、今世貞烈の婦に乏しき所以は父兄の敎戒至らざるなり、父兄の敎戒至らざる所以は其自ら君父に事ふる忠孝の心なければ也、今時平に國安ければ宴安に其日を送り、祿を辭し官を罷て去て他邦に往く者あるとなし、然ども是を以て遽に其二君に事ざるの忠心を信ずるに足らんや、滔々たる父兄要皆其忠心なし、故に兒女其敎戒を聞かず、故に人の妻となりて貞烈の節顯れず、人の母となりて其子を敎戒するとを知らず、是父兄女孫朦昧にして無敎戒の世界に生死す、是に於てか烈女なく忠臣なし、今日二三夫四五夫を更て恥ざるの子孫は、異日必ず二三君四五君に事て計を得たりとするの臣僕なり、歐陽公王凝が妻の事を引て馮道を議す、其深意亦推して知べし、有志の士念を起して玆に至らば、安ぞ惻然惕然女子の敎戒に眷々せざるとを得んや、有志の士眞に今の弊を救んとならば先其妻其女を敎戒するに、前に云ふ古烈女の事蹟を以てし、殊更叮嚀に二夫を更ざるの大義を敎戒し置き、其于歸に臨ては又此義を揭示して、且夫家萬々居るに堪ざるのとあらば、自盡するの外、天地間別道あるとなきを敎戒すべし、若し敢て親家に大歸する者あらば、忍びざるとなれ共父兄逼て自盡さすべし、是程の事なれば、最初擇婿の時も勿論苟且なるとなかるべし、又其女子にさへ角く大義を責る程の父兄、其君に事るの忠最も甲斐甲斐敷事共也、唯有志の士深察遠思せよ、
現代語訳
これらは皆、その意味を深い黒の変わらない色になぞらえ、一度嫁いで改めないという義を取ったものです。しかし、今の世では、淫らな婦人のことは時々耳にしますが、貞烈の婦人となると、ひっそりとして響きが絶えています。そうであれば、礼儀はいささか旧来のものを残しているとはいっても、その義はすでに滅び失せています。私は常にひそかにこれを憂え過ぎて、乱亡の先兆と思っています。なぜなら、物にはそれぞれ類があります。ゆえに「忠臣を求めるには孝子の門においてする」と言います。節もまた忠孝の類ではないでしょうか。そうであれば、今の世に貞烈の婦人が乏しい理由は、父兄の教戒が行き届かないからです。父兄の教戒が行き届かない理由は、自ら君父に仕える忠孝の心がないからです。今は時世が平らかで国が安らかなので、安楽に日を送り、禄を辞し官を罷めて去り他国へ行く者もありません。しかし、だからといって、ただちに二君に仕えないという忠心を信じるに足りるでしょうか。滔々たる父兄は、要するに皆その忠心がありません。ゆえに子女はその教戒を聞かず、人の妻となって貞烈の節は現れず、人の母となってその子を教戒することを知りません。これは、父兄・女・孫が皆ぼんやりとして、教戒のない世界に生き死にしているのです。そこで、烈女はなく、忠臣もなくなります。今日、二、三人の夫、四、五人の夫を更えて恥じない者の子孫は、他日必ず二、三人の君、四、五人の君に仕えて、うまくやったと思う臣僕になるでしょう。欧陽公が王凝の妻の事を引いて馮道を論じたのも、その深い意図は推して知るべきです。志ある士が思いをここに至らせれば、どうして心を痛め、慎んで、女子の教戒に心を注がずにいられるでしょうか。志ある士が本当に今の弊を救おうとするなら、まずその妻・その娘を教戒するのに、前に述べた古の烈女の事績をもってし、ことさら丁寧に二夫を更えないという大義を教え、その嫁ぐ時に臨んでは、またこの義を掲げて示し、かつ、夫の家にどうしても居られないことがあるなら、自ら命を絶つほかに天地間に別の道はないと教えるべきです。もし敢えて実家に戻る者があれば、忍びないことですが、父兄が迫って自ら命を絶たせるべきです。これほどのことですから、最初の婿選びの時も、もちろんいい加減ではなくなるでしょう。またその女子にさえこのように大義を責める程の父兄は、その君に仕える忠が、最もしっかりしていることでしょう。ただ志ある士は、深く察し遠く思ってください。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』兼愛下兼士の言は然らず、行いも亦た然らず。曰く、「吾れ聞く、天下に髙士為る者は、必ず其の友の身を為むること其の身を為むるが若くし、其の友の親を為むること其の親を為むるが若くして、然る後に以て天下に髙士為る可し」と。是の故に退きて其の友を睹るに、饑うれば則ち之に食わしめ、寒ければ則ち之に衣せしめ、疾病あれば之を侍養し、死喪あれば之を葬埋す。兼士の言は此くの若く、行いも此くの若し。若の二者は、言、相い非として行い相い反するか。常に若の二士をして、言は必ず信、行いは必ず果ならしめ、言行の合すること、猶お符節を合するがごとくならしめば、言いて行わざる無きなり。
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『後世への最大遺物』改版に附する序・天地無始終、人生有生死そして彼らの内にある者は、早くすでに立派にキリスト教を「卒業」して、今は背教者をもって自ら任ずる者もあります。またはこの書によって信者になりて、キリスト教的文士となりて、その攻撃の鉾を著者なる私に向ける人もあります。実に世はさまざまであります。そして私は幸いにして今日まで生きながらえて、この書に書いてあることに多くたがわずして私の生涯を送ってきたことを神に感謝します。この小著そのものが私の「後世への最大遺物」の一つとなったことを感謝します。「天地に始めと終わりは無く、人生には生と死がある」であります。しかし生死ある人生に、死の無い生命を得る道が供えてあります。天地は失せても、失せざるものがあります。そのものをいくぶんなりと握るを得て、生涯は真の成功であり、また大なる満足であります。
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