武教講録 / 子孫敎戒・女子教戒に見る家の盛衰と変事への備え
女子の敎戒の事、先師の深意尤も味ふべし、夫婦は人倫の大綱にて、父子兄弟の由て生ずる所なれば、一家盛衰治亂の界全く玆にあり、故に先づ女子を敎戒せずんばあるべからず、男子何程剛腸にして武士道を守るとも、婦人道を失ふ時は一家治らず子孫の敎戒亦廢絕するに至る、豈愼まざるべけんや、而して、輓近女子の敎戒を以て重事とする者あるとを聞かず、盖し女敎大畧三樣あり、先づ源氏物語、伊勢物語等の俗書淫泆の事を以て敎とする、是先師の深く歎ずる所にて、敎とするに足らず、然ども、此類只今にて貴人大家には或はあらん、平士以下にては甚だ少なし、但し和歌俳諧茶湯等の遊藝を以て娛みとする者は間々是あり、是亦其類なり、又貝原氏の書、或は心學者流の書等を以て敎とするあり、是尤も正しく尤も善し、然ども、柔順幽閑淸苦儉素の敎はあれども、節烈果斷の訓に乏し、大平無事の時は是にて餘りあれども、變故の際に貞操峻節を勵すに至ては未だ足れりとせず、獨り先師の敎へ以柔順爲用、以果斷爲制、と云者兩ながら全しと云べし、又爲士之妻室者、士常在朝而不知內、故代夫戒家業、豈以懦弱乎、と云は實に至言なり、且漢唐之間、守義死節之女、皇國武將之妻室、以盛衰不改節、以存亡不易心、或當賊、或死敵を以て證とす、其意更に明らかなり、漢唐と云は註に據れば、列女傳(蓋し劉子政の著す所を云、)小學(宋朱文公著す所)等に載する所を斥すと見へたり、列女傳は余未だ本書を見ず、小學にては漢の陳孝婦、曹文叔妻、唐鄭義宗妻、奉天竇氏二女等也、就て見るべし、又後漢書列女傳に載する皇甫規妻、董卓を罵りて節に車下に死し、樂羊子妻、盜を拒み姑に代りて刎頸して死するの、其他尙苦節烈行甚夥し、又明淸間の史集を閲するに貞婦烈女極て多し 皇國武將の妻室と云は、
新字:女子の教戒の事、先師の深意尤も味ふべし、夫婦は人倫の大綱にて、父子兄弟の由て生ずる所なれば、一家盛衰治乱の界全く玆にあり、故に先づ女子を教戒せずんばあるべからず、男子何程剛腸にして武士道を守るとも、婦人道を失ふ時は一家治らず子孫の教戒亦廃絶するに至る、豈慎まざるべけんや、而して、輓近女子の教戒を以て重事とする者あるとを聞かず、盖し女教大略三様あり、先づ源氏物語、伊勢物語等の俗書淫泆の事を以て教とする、是先師の深く嘆ずる所にて、教とするに足らず、然ども、此類只今にて貴人大家には或はあらん、平士以下にては甚だ少なし、但し和歌俳諧茶湯等の遊芸を以て娯みとする者は間々是あり、是亦其類なり、又貝原氏の書、或は心学者流の書等を以て教とするあり、是尤も正しく尤も善し、然ども、柔順幽閑清苦倹素の教はあれども、節烈果断の訓に乏し、大平無事の時は是にて余りあれども、変故の際に貞操峻節を励すに至ては未だ足れりとせず、独り先師の教へ以柔順為用、以果断為制、と云者両ながら全しと云べし、又為士之妻室者、士常在朝而不知内、故代夫戒家業、豈以懦弱乎、と云は実に至言なり、且漢唐之間、守義死節之女、皇国武将之妻室、以盛衰不改節、以存亡不易心、或当賊、或死敵を以て証とす、其意更に明らかなり、漢唐と云は註に拠れば、列女伝(蓋し劉子政の著す所を云、)小学(宋朱文公著す所)等に載する所を斥すと見へたり、列女伝は余未だ本書を見ず、小学にては漢の陳孝婦、曹文叔妻、唐鄭義宗妻、奉天竇氏二女等也、就て見るべし、又後漢書列女伝に載する皇甫規妻、董卓を罵りて節に車下に死し、楽羊子妻、盗を拒み姑に代りて刎頸して死するの、其他尚苦節烈行甚夥し、又明清間の史集を閲するに貞婦烈女極て多し 皇国武将の妻室と云は、
書き下し
女子の敎戒の事、先師の深意尤も味ふべし、夫婦は人倫の大綱にて、父子兄弟の由て生ずる所なれば、一家盛衰治亂の界全く玆にあり、故に先づ女子を敎戒せずんばあるべからず、男子何程剛腸にして武士道を守るとも、婦人道を失ふ時は一家治らず子孫の敎戒亦廢絕するに至る、豈愼まざるべけんや、而して、輓近女子の敎戒を以て重事とする者あるとを聞かず、盖し女敎大畧三樣あり、先づ源氏物語、伊勢物語等の俗書淫泆の事を以て敎とする、是先師の深く歎ずる所にて、敎とするに足らず、然ども、此類只今にて貴人大家には或はあらん、平士以下にては甚だ少なし、但し和歌俳諧茶湯等の遊藝を以て娛みとする者は間々是あり、是亦其類なり、又貝原氏の書、或は心學者流の書等を以て敎とするあり、是尤も正しく尤も善し、然ども、柔順幽閑淸苦儉素の敎はあれども、節烈果斷の訓に乏し、大平無事の時は是にて餘りあれども、變故の際に貞操峻節を勵すに至ては未だ足れりとせず、獨り先師の敎へ以柔順爲用、以果斷爲制、と云者兩ながら全しと云べし、又爲士之妻室者、士常在朝而不知內、故代夫戒家業、豈以懦弱乎、と云は實に至言なり、且漢唐之間、守義死節之女、皇國武將之妻室、以盛衰不改節、以存亡不易心、或當賊、或死敵を以て證とす、其意更に明らかなり、漢唐と云は註に據れば、列女傳(蓋し劉子政の著す所を云、)小學(宋朱文公著す所)等に載する所を斥すと見へたり、列女傳は余未だ本書を見ず、小學にては漢の陳孝婦、曹文叔妻、唐鄭義宗妻、奉天竇氏二女等也、就て見るべし、又後漢書列女傳に載する皇甫規妻、董卓を罵りて節に車下に死し、樂羊子妻、盜を拒み姑に代りて刎頸して死するの、其他尙苦節烈行甚夥し、又明淸間の史集を閲するに貞婦烈女極て多し 皇國武將の妻室と云は、
現代語訳
女子の教戒のことは、先師の深い意図が最も味わうべきところです。夫婦は人倫の大綱であり、父子兄弟がそこから生じるところですから、一家の盛衰・治乱の境は、まったくここにあります。ゆえにまず女子を教戒しないわけにはいきません。男子がどれほど剛腸で武士道を守っても、婦人が婦人の道を失う時は、一家は治まらず、子孫の教戒もまた途絶えるに至ります。慎まないでいられましょうか。ところが近ごろ、女子の教戒を重大事とする者がいると聞きません。思うに、女子教育には大略三つの型があります。まず、源氏物語・伊勢物語などの俗書の、淫らな事を教えとするもの。これは先師が深く嘆かれたところで、教えとするに足りません。ただしこの類は、現在、貴人や大家にはあるかもしれませんが、平士以下ではたいへん少ないです。ただ、和歌・俳諧・茶の湯などの遊芸を楽しみとする者には、時々これがあり、これもその類です。また、貝原氏の書、あるいは心学者流の書などを教えとするものがあります。これは最も正しく、最もよいものです。しかし、柔順・幽閑・清貧・倹素の教えはありますが、節操を守り果断である訓に乏しいのです。太平無事の時はこれで余りありますが、変事の際に貞操と厳しい節義を励ますには、まだ十分とは言えません。ただ先師の教え、「柔順をもって用とし、果断をもって制とする」というものは、両方を全うしていると言うべきです。また、「士の妻たる者は、士が常に朝廷にあって内を知らないので、夫に代わって家業を戒める。どうして懦弱でよかろうか」と言うのは、実に至言です。かつ、漢・唐の間の義を守り節に死んだ女、皇国の武将の妻室が、盛衰にかかわらず節を変えず、存亡にかかわらず心を変えず、あるいは賊に当たり、あるいは敵に死んだことをもって証としています。その意はさらに明らかです。漢唐というのは、注によれば、『列女伝』(思うに劉子政が著したものをいう)、『小学』(宋の朱文公が著したもの)などに載せるものを指すと見えます。『列女伝』は、私はまだ本書を見ていません。『小学』では、漢の陳孝婦、曹文叔の妻、唐の鄭義宗の妻、奉天の竇氏の二女などです。参照して見てください。また『後漢書』列女伝に載る、皇甫規の妻が董卓を罵って節を守り車の下で死んだこと、楽羊子の妻が盗賊を拒み、姑に代わって首をはねられて死んだことなど、その他の苦節烈行はたいへん多いのです。また明・清の間の史書を見ると、貞婦烈女はきわめて多いです。皇国の武将の妻室というのは、
解説
この章句が説くこと
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