武教講録 / 與受・会所で民を支え商人の弊を救う
布帛鹽蠟の類日用闕くべからざる者は、支配支配へ訴出れば祿米の內を變じて(代銀上納は出來難きを以也)是を給する也、是を給するには會所を建官吏を置て是を司らしむ、此會所は民調を取集め置き、世間の大に差支る者を救ふ爲なり、然ども、此會所に於て不足の品は民間市廛及び海舶より買得り、有餘の物は又賣出さざるとを得ず、然れば、數年の後自ら常平均輸の意にも當るなり、是に於て、商賈頗る屈するに至らん、若し屈せば訴出づべしと兼て令し置き、其訴出たる者は男女老幼となく、皆此會所中に養ひ夫々相當の工作を授けて其產を營せしむ、(此會所の制、尚別に詳論せざれば備らず、)余が思ふ所右の如し、然ども是れ尋常俗吏輩の能く行ふ所に非ず、所謂英斷寬裕、其人豈得易からんや、姑く錄して畫餅となすのみ、然ども、世果して識者あらば、豈爲めに心を動さゞるとを得んや、唐鑑卷十五、陸贄、奏請均節財賦、凡六條、其二請兩稅以布帛爲額不計錢數、其略曰、穀帛者人之所爲也、錢貨者官之所爲也、是以國朝、著令租出穀、庸出絹、調出繒纊布、曷嘗有禁人鑄錢而以錢爲賦者也、今の兩稅獨異舊章、但估資產爲差、便以錢穀定稅、臨時折徵雜物、毎歲色目頗殊、惟計求得之利、宜靡論供辨之難易、所徵非所業、所業非所徵、遂或增價以買其所無、減價以賣其所有、一增一減、耗損已多、望勘會諸州初納兩稅年、絹布定估、比爽當今時價、加賤減貴、酌取其中、總計合稅之賤錢、折爲布帛之數、余曾て粗通鑑を一讀して細に記臆せず、又陸宣公奏議の如きも未だ曾て目を經ず、
新字:布帛塩蝋の類日用闕くべからざる者は、支配支配へ訴出れば禄米の内を変じて(代銀上納は出来難きを以也)是を給する也、是を給するには会所を建官吏を置て是を司らしむ、此会所は民調を取集め置き、世間の大に差支る者を救ふ為なり、然ども、此会所に於て不足の品は民間市廛及び海舶より買得り、有余の物は又売出さざるとを得ず、然れば、数年の後自ら常平均輸の意にも当るなり、是に於て、商賈頗る屈するに至らん、若し屈せば訴出づべしと兼て令し置き、其訴出たる者は男女老幼となく、皆此会所中に養ひ夫々相当の工作を授けて其産を営せしむ、(此会所の制、尚別に詳論せざれば備らず、)余が思ふ所右の如し、然ども是れ尋常俗吏輩の能く行ふ所に非ず、所謂英断寛裕、其人豈得易からんや、姑く録して画餅となすのみ、然ども、世果して識者あらば、豈為めに心を動さゞるとを得んや、唐鑑巻十五、陸贄、奏請均節財賦、凡六条、其二請両税以布帛為額不計銭数、其略曰、穀帛者人之所為也、銭貨者官之所為也、是以国朝、著令租出穀、庸出絹、調出繒纊布、曷嘗有禁人鋳銭而以銭為賦者也、今の両税独異旧章、但估資産為差、便以銭穀定税、臨時折徴雑物、毎歳色目頗殊、惟計求得之利、宜靡論供弁之難易、所徴非所業、所業非所徴、遂或增価以買其所無、減価以売其所有、一增一減、耗損已多、望勘会諸州初納両税年、絹布定估、比爽当今時価、加賤減貴、酌取其中、総計合税之賤銭、折為布帛之数、余曽て粗通鑑を一読して細に記臆せず、又陸宣公奏議の如きも未だ曽て目を経ず、
書き下し
布帛鹽蠟の類日用闕くべからざる者は、支配支配へ訴出れば祿米の內を變じて(代銀上納は出來難きを以也)是を給する也、是を給するには會所を建官吏を置て是を司らしむ、此會所は民調を取集め置き、世間の大に差支る者を救ふ爲なり、然ども、此會所に於て不足の品は民間市廛及び海舶より買得り、有餘の物は又賣出さざるとを得ず、然れば、數年の後自ら常平均輸の意にも當るなり、是に於て、商賈頗る屈するに至らん、若し屈せば訴出づべしと兼て令し置き、其訴出たる者は男女老幼となく、皆此會所中に養ひ夫々相當の工作を授けて其產を營せしむ、(此會所の制、尚別に詳論せざれば備らず、)余が思ふ所右の如し、然ども是れ尋常俗吏輩の能く行ふ所に非ず、所謂英斷寬裕、其人豈得易からんや、姑く錄して畫餅となすのみ、然ども、世果して識者あらば、豈爲めに心を動さゞるとを得んや、唐鑑卷十五、陸贄、奏請均節財賦、凡六條、其二請兩稅以布帛爲額不計錢數、其略曰、穀帛者人之所爲也、錢貨者官之所爲也、是以國朝、著令租出穀、庸出絹、調出繒纊布、曷嘗有禁人鑄錢而以錢爲賦者也、今の兩稅獨異舊章、但估資產爲差、便以錢穀定稅、臨時折徵雜物、毎歲色目頗殊、惟計求得之利、宜靡論供辨之難易、所徵非所業、所業非所徵、遂或增價以買其所無、減價以賣其所有、一增一減、耗損已多、望勘會諸州初納兩稅年、絹布定估、比爽當今時價、加賤減貴、酌取其中、總計合稅之賤錢、折爲布帛之數、余曾て粗通鑑を一讀して細に記臆せず、又陸宣公奏議の如きも未だ曾て目を經ず、
現代語訳
布帛・塩・蠟の類で、日用に欠かせないものは、それぞれの支配へ訴え出れば、禄米の中から換えて(代銀での上納はできにくいため)これを給するのです。これを給するには、会所を建て、官吏を置いてこれを司らせます。この会所は、民から取り立てた調を集めておき、世間で大いに差し支える者を救うためのものです。ただし、この会所で不足の品は、民間の市や海の船から買い入れ、余った物はまた売り出さないわけにはいきません。そうであれば、数年の後には、自然に常平・均輸(物価調整の制度)の意にも当たります。そうなれば、商人はかなり窮するでしょう。もし窮したら訴え出るようにとかねて命じておき、その訴え出た者は、男女老幼を問わず、皆この会所の中で養い、それぞれ相応の工作を授けて生業を営ませます。(この会所の制は、なお別に詳しく論じなければ備わらない。)私の考えはこのとおりです。しかしこれは普通の俗吏たちがよく行えることではありません。いわゆる英断と寛大さを備える、そういう人は、どうして容易に得られるでしょうか。ひとまず記して、絵に描いた餅とするだけです。しかし、世に果たして識者があれば、どうして心を動かさずにいられるでしょう。『唐鑑』巻十五に、陸贄が財賦の均節を奏請した、全部で六条のうち、その二「両税は布帛を額とし、銭の数を計らないことを請う」があり、その概略に言うには、「穀物と布帛は人が作るものであり、銭貨は官が作るものである。ゆえに国朝は令を定め、租は穀物を出し、庸は絹を出し、調は繒・纊・布を出させた。かつて人が銭を鋳造することを禁じたり、銭を税にしたりしたことがあろうか。今の両税だけは旧章と異なり、ただ資産を見積もって等差をつけ、銭と穀物で税を定め、徴収の時に雑物に換算して徴するので、毎年品目はかなり異なる。ただ利益を得ることだけを計り、納入の難易は論じない。徴収する物は生業の物ではなく、生業の物は徴収する物ではない。そうしてあるいは価格を上げて持たない物を買い、価格を下げて持つ物を売り、一増一減で損耗はすでに多い。願わくは、諸州が両税を納め始めた年の絹・布の定めた評価を調べ、現今の時価と比べて、安いものは加え、高いものは減らし、その中間を取って、納めるべき税の安い銭の総計を、布帛の数に換算するようにしたい」と。私はかつて通鑑をざっと一度読んだだけで、詳しくは記憶していません。また陸宣公の奏議のようなものは、まだ目を通したこともありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・衛霊公篇顔淵、邦を為むるを問う。子曰く、「夏の時を行い、殷の輅に乗り、周の冕を服し、楽は則ち韶舞。鄭声を放ち、佞人を遠ざく。鄭声は淫にして、佞人は殆し。」
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三略・中略故に聖王の世を御するや、盛衰を観、得失を度りて、之が制を為す。故に諸侯は二師、方伯は三師、天子は六師なり。世乱るれば則ち叛逆生じ、王沢竭くれば則ち盟誓相ひ誅伐す。
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説苑・政理景差、鄭に相たり。鄭人に冬水を渉る者有り、出でて脛寒し。後に景差之を過り、陪乗を下して之を載せ、覆うに上衽を以てす。晋の叔向之を聞きて曰く、「景子人国の相為るや、豈に固ならずや。吾聞く、良吏之に居りて三月にして溝渠修まり、十月にして津梁成る、六畜すら且つ足を濡らさず、而るを況んや人をや。」
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『呻吟語』内篇・應務・禮の用は和を貴しと為す禮法を制して以て萬世に垂れ天下を繩する者は、須らく是れ時中の聖人天理人情の至を斟酌して之を為すべし。一に以て極を立て、一毫の矯拂心無く、一毫の懲創心無く、一毫の一切心無し。嚴なれども人情に苦しからず、寬なれども天則に亂れず。天下をして肯へて從ひ萬世相安んぜしむ。故に曰く、「禮の用は和を貴しと為す」と。和の一字は、禮法を制する時合下便ち有り。豈に美と為さずや。是を以て繁密なる者は人の躁心を激し、嚴峻なる者は人の畔心を激す。甚だしき者は、乃ち之を驅るなり。
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尉繚子・制談凡そ兵制は必ず先ず制を定む、先ず定まれば則ち士亂れず、士亂れざれば則ち刑乃ち明らかなり。

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