武教講録 / 與受・俸禄を現物で払う財政改革の私案
俸祿施與の制に就て、余年來思ふとあり、事の序に玆に附錄して有識の鑒定を乞ふ、漢の晁錯、穀帛を貴て金玉を賤しむの方法を論じて、使天下人入粟於邊以受爵免罪と云ひ、又令入粟郡縣と云ふの意に倣ひ、諸士在官の俸錢、其他施與賞賜等、金銀錢幣を賜ふことを一切に停め、(旅役の勘渡は此限に非ず、民家に銀錢あるの理なきを以てなり、)米穀布帛等を以てすべし、又漸を以て悉く鈔幣を停むべし、又畠方の石貫銀を停め、古の調の意に倣て、棉布絹繩茶紙鹽蠟土物器物何にても便に任せて出さしめ、又粟黍豆麥等の穀類は宜を度り、田方の正稅の所へも代へ出さすべし、斯の如くんば穀帛を貴て、金玉を賤しむの古風勃興し、國內富實、凶年飢饉ありとも民榮色あるに至らざるべし、但此事英斷を以て浮議に移されず、寬裕にして急功を求めざるに非ざれば成就せぬ也、初年先づ俸錢施與賞賜等を惣計して、一年中需用の金銀幾兩と算し、本年適當の相塲にて現米何石に當ると積り、大坂御運送米の內にて是を扣へ、大坂へは金銀を輸して事を了し、現米を用て俸錢賞賜等に當つべし、然ときは官吏米多くして金少く、大に窘迫し浮議を起すべし、何程浮議を起すとも搆ふとなし、尤も米穀の糶糴は假に其禁を開き、他國他領へ糴するとも禁ずることなし、(玆に一議あり)若し其年凶飢ならば嚴禁せざることを得ず、金銀甚少く、又鈔幣も漸くに減じ、世間一統差支ること多かるべけれ共、是を凌ぐ時は儉素の風大に起るべし、且當今の御拂大豆御拂半紙の法を推廣め、
新字:俸禄施与の制に就て、余年来思ふとあり、事の序に玆に附録して有識の鑒定を乞ふ、漢の晁錯、穀帛を貴て金玉を賤しむの方法を論じて、使天下人入粟於辺以受爵免罪と云ひ、又令入粟郡県と云ふの意に倣ひ、諸士在官の俸銭、其他施与賞賜等、金銀銭幣を賜ふことを一切に停め、(旅役の勘渡は此限に非ず、民家に銀銭あるの理なきを以てなり、)米穀布帛等を以てすべし、又漸を以て悉く鈔幣を停むべし、又畠方の石貫銀を停め、古の調の意に倣て、棉布絹縄茶紙塩蝋土物器物何にても便に任せて出さしめ、又粟黍豆麦等の穀類は宜を度り、田方の正税の所へも代へ出さすべし、斯の如くんば穀帛を貴て、金玉を賤しむの古風勃興し、国内富実、凶年飢饉ありとも民栄色あるに至らざるべし、但此事英断を以て浮議に移されず、寛裕にして急功を求めざるに非ざれば成就せぬ也、初年先づ俸銭施与賞賜等を惣計して、一年中需用の金銀幾両と算し、本年適当の相塲にて現米何石に当ると積り、大坂御運送米の内にて是を扣へ、大坂へは金銀を輸して事を了し、現米を用て俸銭賞賜等に当つべし、然ときは官吏米多くして金少く、大に窘迫し浮議を起すべし、何程浮議を起すとも搆ふとなし、尤も米穀の糶糴は仮に其禁を開き、他国他領へ糴するとも禁ずることなし、(玆に一議あり)若し其年凶飢ならば厳禁せざることを得ず、金銀甚少く、又鈔幣も漸くに減じ、世間一統差支ること多かるべけれ共、是を凌ぐ時は倹素の風大に起るべし、且当今の御払大豆御払半紙の法を推広め、
書き下し
俸祿施與の制に就て、余年來思ふとあり、事の序に玆に附錄して有識の鑒定を乞ふ、漢の晁錯、穀帛を貴て金玉を賤しむの方法を論じて、使天下人入粟於邊以受爵免罪と云ひ、又令入粟郡縣と云ふの意に倣ひ、諸士在官の俸錢、其他施與賞賜等、金銀錢幣を賜ふことを一切に停め、(旅役の勘渡は此限に非ず、民家に銀錢あるの理なきを以てなり、)米穀布帛等を以てすべし、又漸を以て悉く鈔幣を停むべし、又畠方の石貫銀を停め、古の調の意に倣て、棉布絹繩茶紙鹽蠟土物器物何にても便に任せて出さしめ、又粟黍豆麥等の穀類は宜を度り、田方の正稅の所へも代へ出さすべし、斯の如くんば穀帛を貴て、金玉を賤しむの古風勃興し、國內富實、凶年飢饉ありとも民榮色あるに至らざるべし、但此事英斷を以て浮議に移されず、寬裕にして急功を求めざるに非ざれば成就せぬ也、初年先づ俸錢施與賞賜等を惣計して、一年中需用の金銀幾兩と算し、本年適當の相塲にて現米何石に當ると積り、大坂御運送米の內にて是を扣へ、大坂へは金銀を輸して事を了し、現米を用て俸錢賞賜等に當つべし、然ときは官吏米多くして金少く、大に窘迫し浮議を起すべし、何程浮議を起すとも搆ふとなし、尤も米穀の糶糴は假に其禁を開き、他國他領へ糴するとも禁ずることなし、(玆に一議あり)若し其年凶飢ならば嚴禁せざることを得ず、金銀甚少く、又鈔幣も漸くに減じ、世間一統差支ること多かるべけれ共、是を凌ぐ時は儉素の風大に起るべし、且當今の御拂大豆御拂半紙の法を推廣め、
現代語訳
俸禄・施与の制度について、私は年来思うところがあり、事のついでにここに付録して、有識者の鑑定を乞います。漢の晁錯が、穀物や布帛を貴び金玉を賤しむ方法を論じて、「天下の人に粟を辺境に納めさせ、それによって爵位を受け罪を免れさせる」と言い、また「粟を郡県に納めさせる」と言った意にならい、諸士の在官の俸銭、その他の施与や賞賜などは、金銀銭貨を賜うことを一切やめ(旅役の勘定渡しはこの限りではない。民家に銀銭があるはずがないからである)、米穀や布帛などで与えるべきです。また、次第にすべての紙幣をやめるべきです。また、畑方の石貫銀(畑の税を銀で納める制度)をやめ、古の「調」の意にならって、木綿・絹・縄・茶・紙・塩・蠟・土産・器物など、何でも便宜に任せて出させ、また粟・黍・豆・麦などの穀類は適宜に見計らって、田方の正税の分へも代わりに出させるべきです。このようにすれば、穀物と布帛を貴び金玉を賤しむ古い風が勃興し、国内は富み実り、凶作や飢饉があっても、民が顔色を変えるようなことにはならないでしょう。ただし、この事は英断をもって浮説に動かされず、寛大でゆとりがあり、急いで功を求めるのでなければ成就しません。初年にまず俸銭・施与・賞賜などを総計して、一年中に必要な金銀が何両と算出し、本年の適当な相場で現米何石に当たると見積もり、大坂への運送米のうちからこれを控えて、大坂へは金銀を送って済ませ、現米を用いて俸銭・賞賜などに充てるべきです。そうなると、官吏は米が多く金が少なくなって大いに窮迫し、浮説が起こるでしょう。どれほど浮説が起ころうとも構いません。ただし、米穀の売買は仮にその禁を開き、他国・他領へ買い入れに行くことも禁じません。(ここに一議がある)もしその年が凶作・飢饉なら、厳しく禁じないわけにはいきません。金銀が非常に少なくなり、また紙幣もだんだん減らすので、世間一統が差し支えることは多いでしょうが、これを凌ぐ時は、倹約質素の風が大いに起こるでしょう。かつ、現在の御払い大豆・御払い半紙の法を推し広めて、
解説
この章句が説くこと
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