武教講録 / 衣食居・簡素な共同の場で文武を養う構想
今幽囚の身なれば詮方なし、唯思ふ所を紙に筆して同志に示すを得るのみ、武式を守ると云は、治亂を通じての工夫也、武士の家宅大氏陣制城制を參酌すべし、江戶諸藩邸略其意はあれども、壯宏華奢率ね其分に過ぐ、復た室宅必以輕薄爲用の意あるとなし、然ども、侯伯邸第の制は吾敢て私に議せず、吾且自思ふ所を云はん、先郊外數里の地に當て廣敞の宅地一區を買得し、前左右長屋を作り之を廻らし、江戶藩邸の如く小屋小屋を割り、屛壁を以て限り、一限りの廣さ十數坪に過ぎず、余自ら其宅を司どり、同志の士又は從學の士等へ各一限りを貸與へ住居せしむ、其中央に一大堂を起し、會講會讀、又は賓客宴享等の事ある時は皆大堂に於てす、又其內に空地を廣くし、演武塲とし、隊伍坐作の法、銃馬刀槍の技をも茲にて習はし、後ろは田畠山林に連り、文武の餘暇を以て各々耕耘樵蘇をもなすべし、是其大畧也、其委曲は意匠あれ共必しも云はず、此宅一度成らば下篇の給乏者、救貧者、省不給、招賢者、聚士の事も心の儘に行はるゝなり、文武技藝の士も是に寓せしむべし、流民貧夫も是に役すべし、因て門限を嚴にし出入を檢せば、前の燕居篇の如くに少壯の士を責むるともなるべし、此事一二有力有志の人を得て、是を謀らば甚だ爲し易き事なり、是を擴充せば、士着の制も行るゝ也、凡そ士着を行ふに、士人を民間に散在せしむる時は百弊叢生すると必せり、但此制以て其弊を救ふに足れり、然ども、此制も官命にて俄かに行んとせば亦弊を生ずるを免かれざるべし、只有力有志の士相遇て自ら成るべし、官若し深く此意を得ば、令せずして自ら行はるゝの妙機あるべし、然是他日を待て詳議すべきのみ、
新字:今幽囚の身なれば詮方なし、唯思ふ所を紙に筆して同志に示すを得るのみ、武式を守ると云は、治乱を通じての工夫也、武士の家宅大氏陣制城制を参酌すべし、江戸諸藩邸略其意はあれども、壮宏華奢率ね其分に過ぐ、復た室宅必以軽薄為用の意あるとなし、然ども、侯伯邸第の制は吾敢て私に議せず、吾且自思ふ所を云はん、先郊外数里の地に当て広敞の宅地一区を買得し、前左右長屋を作り之を廻らし、江戸藩邸の如く小屋小屋を割り、屛壁を以て限り、一限りの広さ十数坪に過ぎず、余自ら其宅を司どり、同志の士又は従学の士等へ各一限りを貸与へ住居せしむ、其中央に一大堂を起し、会講会読、又は賓客宴享等の事ある時は皆大堂に於てす、又其内に空地を広くし、演武塲とし、隊伍坐作の法、銃馬刀槍の技をも茲にて習はし、後ろは田畠山林に連り、文武の余暇を以て各々耕耘樵蘇をもなすべし、是其大略也、其委曲は意匠あれ共必しも云はず、此宅一度成らば下篇の給乏者、救貧者、省不給、招賢者、聚士の事も心の儘に行はるゝなり、文武技芸の士も是に寓せしむべし、流民貧夫も是に役すべし、因て門限を厳にし出入を検せば、前の燕居篇の如くに少壮の士を責むるともなるべし、此事一二有力有志の人を得て、是を謀らば甚だ為し易き事なり、是を擴充せば、士着の制も行るゝ也、凡そ士着を行ふに、士人を民間に散在せしむる時は百弊叢生すると必せり、但此制以て其弊を救ふに足れり、然ども、此制も官命にて俄かに行んとせば亦弊を生ずるを免かれざるべし、只有力有志の士相遇て自ら成るべし、官若し深く此意を得ば、令せずして自ら行はるゝの妙機あるべし、然是他日を待て詳議すべきのみ、
書き下し
今幽囚の身なれば詮方なし、唯思ふ所を紙に筆して同志に示すを得るのみ、武式を守ると云は、治亂を通じての工夫也、武士の家宅大氏陣制城制を參酌すべし、江戶諸藩邸略其意はあれども、壯宏華奢率ね其分に過ぐ、復た室宅必以輕薄爲用の意あるとなし、然ども、侯伯邸第の制は吾敢て私に議せず、吾且自思ふ所を云はん、先郊外數里の地に當て廣敞の宅地一區を買得し、前左右長屋を作り之を廻らし、江戶藩邸の如く小屋小屋を割り、屛壁を以て限り、一限りの廣さ十數坪に過ぎず、余自ら其宅を司どり、同志の士又は從學の士等へ各一限りを貸與へ住居せしむ、其中央に一大堂を起し、會講會讀、又は賓客宴享等の事ある時は皆大堂に於てす、又其內に空地を廣くし、演武塲とし、隊伍坐作の法、銃馬刀槍の技をも茲にて習はし、後ろは田畠山林に連り、文武の餘暇を以て各々耕耘樵蘇をもなすべし、是其大畧也、其委曲は意匠あれ共必しも云はず、此宅一度成らば下篇の給乏者、救貧者、省不給、招賢者、聚士の事も心の儘に行はるゝなり、文武技藝の士も是に寓せしむべし、流民貧夫も是に役すべし、因て門限を嚴にし出入を檢せば、前の燕居篇の如くに少壯の士を責むるともなるべし、此事一二有力有志の人を得て、是を謀らば甚だ爲し易き事なり、是を擴充せば、士着の制も行るゝ也、凡そ士着を行ふに、士人を民間に散在せしむる時は百弊叢生すると必せり、但此制以て其弊を救ふに足れり、然ども、此制も官命にて俄かに行んとせば亦弊を生ずるを免かれざるべし、只有力有志の士相遇て自ら成るべし、官若し深く此意を得ば、令せずして自ら行はるゝの妙機あるべし、然是他日を待て詳議すべきのみ、
現代語訳
今は幽囚の身なのでどうしようもありません。ただ思うところを紙に書いて同志に示すことができるだけです。武式を守るというのは、治世・乱世を通じての工夫です。武士の家宅は、おおむね陣や城の制を参酌すべきです。江戸の諸藩邸はほぼその意はありますが、壮大華美で、おおむね分を過ぎています。また「室宅は必ず軽薄(簡素)をもって用とす」の意はありません。しかし、大名の邸宅の制度を私が勝手に議論することはしません。私がひそかに思うところを言いましょう。まず郊外数里の地に広々とした宅地を一区画買い求め、前・左・右に長屋を作ってこれを巡らせ、江戸の藩邸のように小屋ごとに割り、壁で仕切ります。一区画の広さは十数坪に過ぎません。私が自らその宅を管理し、同志の士や従学の士にそれぞれ一区画を貸し与えて住まわせます。その中央に一大堂を建て、会講・会読、あるいは賓客を宴で饗するなどの事があるときは、みな大堂でします。またその内に空き地を広くとって演武場とし、隊伍・坐作の法や、銃・馬・刀・槍の技もここで習わせ、後ろは田畑・山林に連なり、文武の余暇に、それぞれ耕作や薪取りもします。これがその大略です。その細かい点は考えがありますが、必ずしも言いません。この宅が一度成れば、下篇の乏しい者に給し、貧しい者を救い、不給を省き、賢者を招き、士を集める事も思いのままに行えます。文武技芸の士もここに寓させ、流民や貧しい者もここで働かせます。そこで門限を厳しくして出入りを検めれば、前の燕居篇のように少壮の士を責めることもできます。この事は、一、二の力と志のある人を得てこれを謀れば、はなはだ行いやすいことです。これを拡充すれば、士着(士を土地に定着させる)の制も行えます。およそ士着を行うのに、士人を民間に散在させるときは、百の弊害が叢生することは必定です。ただこの制はそれらの弊害を救うに足りるものです。しかし、この制も官命でにわかに行おうとすれば、また弊害を生ずることを免れないでしょう。ただ力と志のある士が相会って自ずと成るのがよいのです。官がもし深くこの意を得れば、命令せずとも自ずと行われる妙機があるでしょう。しかしこれは他日を待って詳しく議論すべきことです。
解説
この章句が説くこと
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論語・述而篇子曰わく、君子は坦蕩蕩(たんとうとう)、小人は長戚戚(ちょうせきせき)。

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