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武教講録 / 衣食居・志が専らなら衣食や住まいに動かされない

此篇、首句耻惡衣惡食求居安則非志士と云ふ、是れ論語兩章の意を集めて一句となせり、(原註に見ゆ)志士と云は、即志於道の士なり、即ち君子なり、武門武士として武道を磨き、國家の洪恩に報じ、父母の美名を顯はさんと心懸る、是志士也、士の志、苟も玆に專らなる時は、惡衣惡食何の恥るとあらん、此恥ざるに二樣あり、一は身に道德の重きを任じ、心に仁義の樂を甘んず、衣食其他の外物吾心を動かすに足らず、又動かすに暇あらざる者あり、子路の敝縕袍を衣て狐貉を衣たる者と並び立て恥ず、顏淵の一簞食一瓢飮にて陋巷に居りて樂を改めざるが如き是也、二は內自ら恃む所あり自ら伐る所ありて、人の狐貉と膏粱を羨まざるのみならず、反て狐貉膏粱の人を淺猿しく思ふなり、曾子の晉楚は富貴を以てし、我は仁義を以てすと云、孟子の令聞廣譽仁義に飽て、人の文繡膏粱を願はざると云如き是なり、武士たる者、是程の志はなくては武士と云に足らず、戲作本の誠忠イロハ文庫に載する所の大高源五が、節季の煤竹を賣りて、其角に朝夕待るゝ其寶舟と答たる心事を思ひ遣りて見よ、此時に當て、豈人の膏粱を願んや、豈人の文繡を羨んや、又豈惡衣惡食を耻んや、乃ち顏仲曾孟に謁する共露塵程も耻懼るゝとなし、豈愉快ならずや、求居安の害に至ては下文にも云如く、居安室美則志在思家の譯にて最も武士の戒しむべき所なり、又下の財寶器用の篇に、客財寶翫器用則武義自闕如、臨大節殆不能忘家と云ひ、及び藏土器書軸銅鐵之器而賓之、以千金易之、其惑甚乎と云ふも是に併せ論ずべし、夫屋宅に美麗を盡し、居間勝手に便利を搆へ、床の置物懸物屛風障子等名筆古器を集る如き、武士の一隻眼に白まれば其人の心底が洞徹して知るゝなり、

新字:此篇、首句耻悪衣悪食求居安則非志士と云ふ、是れ論語両章の意を集めて一句となせり、(原註に見ゆ)志士と云は、即志於道の士なり、即ち君子なり、武門武士として武道を磨き、国家の洪恩に報じ、父母の美名を顕はさんと心懸る、是志士也、士の志、苟も玆に専らなる時は、悪衣悪食何の恥るとあらん、此恥ざるに二様あり、一は身に道徳の重きを任じ、心に仁義の楽を甘んず、衣食其他の外物吾心を動かすに足らず、又動かすに暇あらざる者あり、子路の敝縕袍を衣て狐貉を衣たる者と並び立て恥ず、顔淵の一箪食一瓢飲にて陋巷に居りて楽を改めざるが如き是也、二は内自ら恃む所あり自ら伐る所ありて、人の狐貉と膏粱を羨まざるのみならず、反て狐貉膏粱の人を浅猿しく思ふなり、曽子の晋楚は富貴を以てし、我は仁義を以てすと云、孟子の令聞広誉仁義に飽て、人の文繍膏粱を願はざると云如き是なり、武士たる者、是程の志はなくては武士と云に足らず、戯作本の誠忠イロハ文庫に載する所の大高源五が、節季の煤竹を売りて、其角に朝夕待るゝ其宝舟と答たる心事を思ひ遣りて見よ、此時に当て、豈人の膏粱を願んや、豈人の文繍を羨んや、又豈悪衣悪食を耻んや、乃ち顔仲曽孟に謁する共露塵程も耻懼るゝとなし、豈愉快ならずや、求居安の害に至ては下文にも云如く、居安室美則志在思家の訳にて最も武士の戒しむべき所なり、又下の財宝器用の篇に、客財宝翫器用則武義自闕如、臨大節殆不能忘家と云ひ、及び蔵土器書軸銅鉄之器而賓之、以千金易之、其惑甚乎と云ふも是に併せ論ずべし、夫屋宅に美麗を尽し、居間勝手に便利を搆へ、床の置物懸物屛風障子等名筆古器を集る如き、武士の一隻眼に白まれば其人の心底が洞徹して知るゝなり、

書き下し

此篇、首句耻惡衣惡食求居安則非志士と云ふ、是れ論語兩章の意を集めて一句となせり、(原註に見ゆ)志士と云は、即志於道の士なり、即ち君子なり、武門武士として武道を磨き、國家の洪恩に報じ、父母の美名を顯はさんと心懸る、是志士也、士の志、苟も玆に專らなる時は、惡衣惡食何の恥るとあらん、此恥ざるに二樣あり、一は身に道德の重きを任じ、心に仁義の樂を甘んず、衣食其他の外物吾心を動かすに足らず、又動かすに暇あらざる者あり、子路の敝縕袍を衣て狐貉を衣たる者と並び立て恥ず、顏淵の一簞食一瓢飮にて陋巷に居りて樂を改めざるが如き是也、二は內自ら恃む所あり自ら伐る所ありて、人の狐貉と膏粱を羨まざるのみならず、反て狐貉膏粱の人を淺猿しく思ふなり、曾子の晉楚は富貴を以てし、我は仁義を以てすと云、孟子の令聞廣譽仁義に飽て、人の文繡膏粱を願はざると云如き是なり、武士たる者、是程の志はなくては武士と云に足らず、戲作本の誠忠イロハ文庫に載する所の大高源五が、節季の煤竹を賣りて、其角に朝夕待るゝ其寶舟と答たる心事を思ひ遣りて見よ、此時に當て、豈人の膏粱を願んや、豈人の文繡を羨んや、又豈惡衣惡食を耻んや、乃ち顏仲曾孟に謁する共露塵程も耻懼るゝとなし、豈愉快ならずや、求居安の害に至ては下文にも云如く、居安室美則志在思家の譯にて最も武士の戒しむべき所なり、又下の財寶器用の篇に、客財寶翫器用則武義自闕如、臨大節殆不能忘家と云ひ、及び藏土器書軸銅鐵之器而賓之、以千金易之、其惑甚乎と云ふも是に併せ論ずべし、夫屋宅に美麗を盡し、居間勝手に便利を搆へ、床の置物懸物屛風障子等名筆古器を集る如き、武士の一隻眼に白まれば其人の心底が洞徹して知るゝなり、

現代語訳

この篇は、冒頭の句「悪衣悪食を恥じ、居の安きを求めるのは、志士にあらず」と言います。これは『論語』の二章の意味を集めて一句としたものです(原注に見えます)。志士とは、すなわち道に志す士のことで、君子です。武門の武士として武道を磨き、国家の大恩に報い、父母の美名を顕そうと心がける者、これが志士です。士の志が、いやしくもここに専らであるとき、悪衣悪食を何で恥じることがありましょう。この恥じないのに二つの様があります。一つは、身に道徳の重きを負い、心に仁義の楽しみを味わい、衣食その他の外物では我が心を動かすに足りず、また動かされる暇もない者です。子路が破れた綿入れを着て、狐や貉の毛皮を着る者と並び立って恥じなかったこと、顔淵が一膳の飯と一杯の飲み物で路地裏に暮らして楽しみを改めなかったことなどがそれです。二つは、内に自ら頼むところがあり誇るところがあって、人の狐貉や美食を羨まないだけでなく、かえって狐貉や美食の人を浅ましく思うことです。曾子が「晋楚は富貴をもってし、我は仁義をもってす」と言い、孟子が「名誉と仁義に満ち足りて、人の刺繍の衣や美食を願わない」と言うようなのがそれです。武士たる者は、これほどの志がなくては武士と言うに足りません。戯作本『誠忠いろは文庫』に載せる大高源五が、年の暮れに煤竹を売って、其角に「朝夕待たれる宝船」と答えた心事を思い遣ってみてください。この時にあたって、どうして人の美食を願い、人の刺繍の衣を羨み、悪衣悪食を恥じるでしょうか。顔仲や曾孟に会っても露塵ほども恥じ恐れることがない、なんと愉快ではありませんか。居の安きを求める害については、下の文にも言うとおり、「居が安く室が美しければ志は家を思うに在る」という理由で、武士の最も戒めるべきところです。また下の財宝器用の篇に「財宝を客とし器用を翫べば、武義は自ずと欠けて、大節に臨んで家を忘れることがほとんどできない」と言い、および「土器・書軸・銅鉄の器を蔵して、これを賓とし、千金でこれに易える、その惑いは甚だしいではないか」と言うのも、これと併せて論ずべきです。そもそも屋敷に美麗を尽くし、居間や台所に便利を構え、床の置物、掛物、屏風、障子、名筆や古器を集めるようなことは、武士の一隻眼に見られれば、その人の心底が見透かされてしまいます。

解説

衣食居の篇は、粗末な服や食事を恥じず、居心地の良さを求めないことが志士の条件だと説きます。志が専らであれば外物に心を動かされず、さらに高い境地では、他人の贅沢をかえって浅ましく思うとされます。現代の管理職も、肩書や待遇、見栄えの良い環境に心を奪われると、使命や現場への関心が薄れます。身の回りの豪華さよりも、何のために働くのかという志を軸に据えることが、判断の確かさを保ちます。

この章句が説くこと

武教講録吉田松陰衣食居志質素見栄

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