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武教講録 / 行住坐臥・敬とは備えであり平生の言行が遺命

此篇、一の敬の字を寫したる者なり、敬の字は、主一無適など、註して、道學先生は高上なる事に說ども、敬は乃ち備なり、武士道にては是を覺悟と云、論語に出門如見大賓と云ふ、是敬を說く也、吳子に自出門如見敵と云ふ、是備を說く也、並に皆覺悟の道也、敬備は怠の反對にて、怠は即ち油斷也、武士たる者は行住坐臥常に覺悟ありて油斷なき如くすべしとなり、又出外則可忘內と云も切要の語なり、前の開講主意にも畧云たるが、先師北條氏の宅にて赤穗謫居の命を蒙られし時、北條氏より何事にても云置れ度事あらば書付られよとて、硯箱を出させければ、先師笑て、兼てより外に出ては內を忘丈の覺悟はせし事なれば、今更云置べき事迄も是れなしと對られしは、實に武士道の龜鑑に非ずや、凡そ武士は是程の覺悟はなくては澄ぬとなり、語類治談下に人君顧命の條あり、大意謂ふ、人君顧命の事周書に是を出せり、然ども、人の今日の言行悉く敎戒なれば、臨終の時と云ども別に何事をか云置ん、明君賢將と暗君愚將とは平生に定まるとなれば、平生の言行各其遺命なり、幼主の輔佐、又は創業の功未だ全からずして身罷り給はんには、顧命の說なきにしもあらず、然ども是亦人を選で政を委任し嗣君を輔佐せしめば、遺命なく共可なり、大閤秀吉の重々遺命せしも、幾程なく五奉行始め各其命を用ざるに至れり、是平日の敎戒疎かにして、死後に敎戒せんとするとも聊も立つべき樣なし、平日の綱紀亂れて、死後に綱紀を正さんとする共絶て行はるべき樣なし、

新字:此篇、一の敬の字を写したる者なり、敬の字は、主一無適など、註して、道学先生は高上なる事に説ども、敬は乃ち備なり、武士道にては是を覚悟と云、論語に出門如見大賓と云ふ、是敬を説く也、呉子に自出門如見敵と云ふ、是備を説く也、並に皆覚悟の道也、敬備は怠の反対にて、怠は即ち油断也、武士たる者は行住坐臥常に覚悟ありて油断なき如くすべしとなり、又出外則可忘内と云も切要の語なり、前の開講主意にも略云たるが、先師北条氏の宅にて赤穂謫居の命を蒙られし時、北条氏より何事にても云置れ度事あらば書付られよとて、硯箱を出させければ、先師笑て、兼てより外に出ては内を忘丈の覚悟はせし事なれば、今更云置べき事迄も是れなしと対られしは、実に武士道の亀鑑に非ずや、凡そ武士は是程の覚悟はなくては澄ぬとなり、語類治談下に人君顧命の条あり、大意謂ふ、人君顧命の事周書に是を出せり、然ども、人の今日の言行悉く教戒なれば、臨終の時と云ども別に何事をか云置ん、明君賢将と暗君愚将とは平生に定まるとなれば、平生の言行各其遺命なり、幼主の輔佐、又は創業の功未だ全からずして身罷り給はんには、顧命の説なきにしもあらず、然ども是亦人を選で政を委任し嗣君を輔佐せしめば、遺命なく共可なり、大閤秀吉の重々遺命せしも、幾程なく五奉行始め各其命を用ざるに至れり、是平日の教戒疎かにして、死後に教戒せんとするとも聊も立つべき様なし、平日の綱紀乱れて、死後に綱紀を正さんとする共絶て行はるべき様なし、

書き下し

此篇、一の敬の字を寫したる者なり、敬の字は、主一無適など、註して、道學先生は高上なる事に說ども、敬は乃ち備なり、武士道にては是を覺悟と云、論語に出門如見大賓と云ふ、是敬を說く也、吳子に自出門如見敵と云ふ、是備を說く也、並に皆覺悟の道也、敬備は怠の反對にて、怠は即ち油斷也、武士たる者は行住坐臥常に覺悟ありて油斷なき如くすべしとなり、又出外則可忘內と云も切要の語なり、前の開講主意にも畧云たるが、先師北條氏の宅にて赤穗謫居の命を蒙られし時、北條氏より何事にても云置れ度事あらば書付られよとて、硯箱を出させければ、先師笑て、兼てより外に出ては內を忘丈の覺悟はせし事なれば、今更云置べき事迄も是れなしと對られしは、實に武士道の龜鑑に非ずや、凡そ武士は是程の覺悟はなくては澄ぬとなり、語類治談下に人君顧命の條あり、大意謂ふ、人君顧命の事周書に是を出せり、然ども、人の今日の言行悉く敎戒なれば、臨終の時と云ども別に何事をか云置ん、明君賢將と暗君愚將とは平生に定まるとなれば、平生の言行各其遺命なり、幼主の輔佐、又は創業の功未だ全からずして身罷り給はんには、顧命の說なきにしもあらず、然ども是亦人を選で政を委任し嗣君を輔佐せしめば、遺命なく共可なり、大閤秀吉の重々遺命せしも、幾程なく五奉行始め各其命を用ざるに至れり、是平日の敎戒疎かにして、死後に敎戒せんとするとも聊も立つべき樣なし、平日の綱紀亂れて、死後に綱紀を正さんとする共絶て行はるべき樣なし、

現代語訳

この篇は、一つの敬の字を写し出したものです。敬の字は、「主一無適」などと注して、道学先生は高尚なことと説きますが、敬とは備えのことです。武士道ではこれを覚悟と言います。『論語』に「門を出ては大賓を見るが如し」とあるのは、敬を説いたものです。『呉子』に「門を出るより敵を見るが如し」とあるのは、備えを説いたものです。ともにみな覚悟の道です。敬・備は怠の反対で、怠はすなわち油断です。武士たる者は、行住坐臥常に覚悟があって油断がないようにせよということです。また「外に出ては内を忘るべし」というのも切要の語です。前の開講主意にも大略言いましたが、先師が北条氏の邸で赤穂への配流の命を受けられたとき、北条氏から「何事でも言い置きたいことがあれば書き付けられよ」と硯箱を出させたところ、先師は笑って、「かねてから外に出たら内を忘れるだけの覚悟はしていたので、今さら言い置くことなどない」と答えられたのは、まことに武士道の亀鑑ではありませんか。およそ武士は、これほどの覚悟がなくては済まないということです。『語類』治談下に人君の顧命の条があります。大意はこうです。人君の顧命のことは『周書』に出ています。しかし、人の今日の言行がすべて教戒なので、臨終のときであっても別に何を言い置くことがあろうか。明君賢将と暗君愚将は平生に決まっているのだから、平生の言行がそれぞれ遺命である。幼主の補佐や、創業の功がまだ全うしないうちに亡くなる場合には、顧命の説がなくもない。しかしこれも、人を選んで政を委任し、嗣君を補佐させれば、遺命がなくてもよい。太閤秀吉が何度も遺命したが、いくらも経たないうちに、五奉行をはじめ、それぞれがその命を用いなくなった。これは平日の教戒をおろそかにして、死後に教戒しようとしても、少しも通用しないからである。平日の綱紀が乱れて、死後に綱紀を正そうとしても、まったく行われるはずがない、と。

解説

行住坐臥は、歩く、とどまる、座る、寝るという日常の立ち居振る舞いのことで、その篇は敬、すなわち備えを覚悟として油断しない心得を説きます。さらに、平生の言行がそのまま遺命であり、普段の綱紀が乱れていれば後から言い置いても通用しないと述べます。現代の管理職も、引き継ぎや最後の一言に頼らず、日々の振る舞いと決め事の積み重ねで部下を導くことが大切です。普段から備えを怠らず、いつ異動や不在になっても組織が回る状態を整えておくべきです。

この章句が説くこと

武教講録吉田松陰行住坐臥覚悟備え平生の言行

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