武教講録 / 行住坐臥・小事で争わず内を忘れる大勇を持つ
但し死は一生の終にして、人の死せんとする其言ふや善きの例しにて、子孫も遺誡と號して是を守る事なれば、其結要とすべき所を遺命するも一の敎道たるべきのみと、是等の論實に前人未發の說にして、平生に覺悟ある人に非ずんば安ぞ善く此に及んや、又行の一事に就て說あり、不礙傍人、不爲非禮、不出過言、の三語、血氣の勇者は遽かに聽ては服せざる事也、血氣の勇者は兎角道中にて行人に礙り、非禮過言をなし、終には大不覺を取り面目を失ふ事多き者なり、此風幕士の下卒などに多し、然ども、是固より半季居の雇奴原がゆすりの爲にするとなれば、論ずるに足らず、但堂々たる藩士として、却て彼輩と曲直を爭ふの癖ある者あり、是前の三語を深味せざるなり、凡そ藩士は隨分謹厚にして、非禮過言を愼みむ戒ることこそ誠に長者の風にして、却て大國の武威も顯るゝなれば、是即ち大勇の所なり、其大勇の根元は、外に出るより內を忘れ、門を出るより敵を見る如きにあり、夫已に內を忘れ敵を見るの心膽定むる時は、傍人皆我轂內にあるとなれば、前の三語を守りて復た小節小事を校ふるに足らず、若し事に臨み、萬々理勢の止むべからざる者ある時は、直に我が大勇を奮發して萬人立所に辟易せざるとなし、豈徒に下卒輩を敵とせんや、必ず藩士の武風を天下に振耀して已まんのみ、是程の事なれば容易に小節小事の爲めに振ふべきに非ず、此事本論ずるに足るとなしと雖ども、少壯血氣の士動すれば事を誤るとある者なれば、玆に論ず、佩用具、不離利器、嚴夜戒、不忘不虞之戒、
新字:但し死は一生の終にして、人の死せんとする其言ふや善きの例しにて、子孫も遺誡と号して是を守る事なれば、其結要とすべき所を遺命するも一の教道たるべきのみと、是等の論実に前人未発の説にして、平生に覚悟ある人に非ずんば安ぞ善く此に及んや、又行の一事に就て説あり、不礙傍人、不為非礼、不出過言、の三語、血気の勇者は遽かに聴ては服せざる事也、血気の勇者は兎角道中にて行人に礙り、非礼過言をなし、終には大不覚を取り面目を失ふ事多き者なり、此風幕士の下卒などに多し、然ども、是固より半季居の雇奴原がゆすりの為にするとなれば、論ずるに足らず、但堂々たる藩士として、却て彼輩と曲直を争ふの癖ある者あり、是前の三語を深味せざるなり、凡そ藩士は随分謹厚にして、非礼過言を慎みむ戒ることこそ誠に長者の風にして、却て大国の武威も顕るゝなれば、是即ち大勇の所なり、其大勇の根元は、外に出るより内を忘れ、門を出るより敵を見る如きにあり、夫已に内を忘れ敵を見るの心胆定むる時は、傍人皆我轂内にあるとなれば、前の三語を守りて復た小節小事を校ふるに足らず、若し事に臨み、万々理勢の止むべからざる者ある時は、直に我が大勇を奮発して万人立所に辟易せざるとなし、豈徒に下卒輩を敵とせんや、必ず藩士の武風を天下に振耀して已まんのみ、是程の事なれば容易に小節小事の為めに振ふべきに非ず、此事本論ずるに足るとなしと雖ども、少壮血気の士動すれば事を誤るとある者なれば、玆に論ず、佩用具、不離利器、厳夜戒、不忘不虞之戒、
書き下し
但し死は一生の終にして、人の死せんとする其言ふや善きの例しにて、子孫も遺誡と號して是を守る事なれば、其結要とすべき所を遺命するも一の敎道たるべきのみと、是等の論實に前人未發の說にして、平生に覺悟ある人に非ずんば安ぞ善く此に及んや、又行の一事に就て說あり、不礙傍人、不爲非禮、不出過言、の三語、血氣の勇者は遽かに聽ては服せざる事也、血氣の勇者は兎角道中にて行人に礙り、非禮過言をなし、終には大不覺を取り面目を失ふ事多き者なり、此風幕士の下卒などに多し、然ども、是固より半季居の雇奴原がゆすりの爲にするとなれば、論ずるに足らず、但堂々たる藩士として、却て彼輩と曲直を爭ふの癖ある者あり、是前の三語を深味せざるなり、凡そ藩士は隨分謹厚にして、非禮過言を愼みむ戒ることこそ誠に長者の風にして、却て大國の武威も顯るゝなれば、是即ち大勇の所なり、其大勇の根元は、外に出るより內を忘れ、門を出るより敵を見る如きにあり、夫已に內を忘れ敵を見るの心膽定むる時は、傍人皆我轂內にあるとなれば、前の三語を守りて復た小節小事を校ふるに足らず、若し事に臨み、萬々理勢の止むべからざる者ある時は、直に我が大勇を奮發して萬人立所に辟易せざるとなし、豈徒に下卒輩を敵とせんや、必ず藩士の武風を天下に振耀して已まんのみ、是程の事なれば容易に小節小事の爲めに振ふべきに非ず、此事本論ずるに足るとなしと雖ども、少壯血氣の士動すれば事を誤るとある者なれば、玆に論ず、佩用具、不離利器、嚴夜戒、不忘不虞之戒、
現代語訳
ただし、死は一生の終わりであり、人が死のうとするときの言葉は善いものであるというのが通例で、子孫もこれを遺誡と称して守るものなので、その要点とすべきことを遺命するのも一つの教えの道になるであろう、と。これらの論はまことに前人未発の説で、平生に覚悟のある人でなければ、どうして善くここに及べましょう。また行くことの一事について説があります。「傍らの人を妨げず、非礼をなさず、過言を出さない」の三語は、血気の勇者がにわかに聞いては服さないことです。血気の勇者は、とかく道中で通行人にぶつかり、非礼や過言をなし、ついには大きな不覚を取り面目を失うことが多いものです。この風は幕府の下卒などに多くあります。しかしこれはもとより半季奉公の雇われ者がたかりのためにすることなので、論ずるに足りません。ただ、堂々たる藩士でありながら、かえって彼らと曲直を争う癖のある者がいます。これは前の三語を深く味わっていないのです。およそ藩士はできるだけ謹厚にして、非礼や過言を慎み戒めることこそ、まことに長者の風で、かえって大国の武威も現れるものですから、これがすなわち大勇のところです。その大勇の根元は、外に出ては内を忘れ、門を出ては敵を見るがごとき心がけにあります。すでに内を忘れ敵を見る心胆が定まれば、傍らの人はみな我が掌中にあるようなものですから、前の三語を守って、さらに小節小事を気にするに足りません。もし事に臨んで、どうしても理と勢いが止められないことがあれば、ただちに我が大勇を奮発して、万人が立ちどころに退かないことはありません。どうしてただ下卒どもを敵とするだけでしょうか。必ず藩士の武風を天下に輝かせずにはおかないのです。これほどのことですから、容易に小節小事のために奮うべきではありません。このことは本来論ずるに足りないことですが、少壮の血気の士はともすれば事を誤ることがあるので、ここに論じました。「用具を身につけ、利器を離さない」「夜の戒めを厳しくする」「不虞の戒めを忘れない」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
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『智囊』億中・希卑・范蠡生、其の意を知り、自ら室に入りて金を取りて去らしむ。荘生、孺子に売らるるを羞じ、乃ち入りて楚王に見えて曰く、「王、徳を修めて以て星を禳わんと欲す。乃ち道路喧伝す、陶の富人朱公の子、人を殺して楚に囚われ、其の家は多く金銭を持して王の左右に賂う。故に王赦す。能く楚国の衆を恤うに非ざるなり。特だ朱公の子の故を以てなり。」王大いに怒り、論じて朱公の子を殺さしめ、明日に赦令を下す。是に於いて朱公の長男は竟に弟の喪を持して帰る。其の母及び邑人は尽く哀しむ。朱公独り笑いて曰く、「吾固より必ず其の弟を殺すを知れり。彼は弟を愛さざるに非ず。顧うに少くして我と俱にし、苦しみを見て生を為す難きを知る。故に財を棄つるを重んず。少弟の如きは、生まれて我が富を見、堅きに乗り肥えたるに策つ。豈に財の従りて来たる所を知らんや。吾が少子を遣わさんとせしは、独だ其の能く財を棄つるが為なり。而るに長者は能わず。卒に以て其の弟を殺す。事の理なり。怪しむに足る者無し。吾は日夜固より其の喪の来たるを以て望めり。」〔馮述評〕朱公、既に灼見有り。宜しく婦言に移るべからず。改めて遣わす所以は、長子を殺すを懼るるが故なり。「其の為す所に聴き、争事する勿れ」と、已に明明に道破す。長子自ら教えを奉ぜざるのみ。荘生の縦横の才は朱公に下らず。人を生かし人を殺すは、其の鼓掌に在り。然れども寧ろ好友に負くとも、必ず気を孺子に伸ばさんと欲す。何ぞ徳宇の寛からざるや。噫、其れ斯れを以て縦横の才と為すか。
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言志四録・言志耋録 第二十五条 持志の工夫は太だ難し持志の工夫は太だ難し。吾往々事の意に忤ふに遭へば、輙ち暴怒を免れず。是れ志を持する能はざるの病なり。自ら恥ぢ自ら怯る。書して以て警と為す。
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『武教講録』・行住坐臥・敬とは備えであり平生の言行が遺命此篇、一の敬の字を寫したる者なり、敬の字は、主一無適など、註して、道學先生は高上なる事に說ども、敬は乃ち備なり、武士道にては是を覺悟と云、論語に出門如見大賓と云ふ、是敬を說く也、吳子に自出門如見敵と云ふ、是備を說く也、並に皆覺悟の道也、敬備は怠の反對にて、怠は即ち油斷也、武士たる者は行住坐臥常に覺悟ありて油斷なき如くすべしとなり、又出外則可忘內と云も切要の語なり、前の開講主意にも畧云たるが、先師北條氏の宅にて赤穗謫居の命を蒙られし時、北條氏より何事にても云置れ度事あらば書付られよとて、硯箱を出させければ、先師笑て、兼てより外に出ては內を忘丈の覺悟はせし事なれば、今更云置べき事迄も是れなしと對られしは、實に武士道の龜鑑に非ずや、凡そ武士は是程の覺悟はなくては澄ぬとなり、語類治談下に人君顧命の條あり、大意謂ふ、人君顧命の事周書に是を出せり、然ども、人の今日の言行悉く敎戒なれば、臨終の時と云ども別に何事をか云置ん、明君賢將と暗君愚將とは平生に定まるとなれば、平生の言行各其遺命なり、幼主の輔佐、又は創業の功未だ全からずして身罷り給はんには、顧命の說なきにしもあらず、然ども是亦人を選で政を委任し嗣君を輔佐せしめば、遺命なく共可なり、大閤秀吉の重々遺命せしも、幾程なく五奉行始め各其命を用ざるに至れり、是平日の敎戒疎かにして、死後に敎戒せんとするとも聊も立つべき樣なし、平日の綱紀亂れて、死後に綱紀を正さんとする共絶て行はるべき樣なし、
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『武教講録』・行住坐臥・細部に現れる覚悟が組織を守る等の事に至ては、覺悟の細目にして最も心を付べきとなり、前に云ふ中谷翁の如きは、實に善く此覺悟を守たる人にて感ずるに餘あり、惣て古武士は是等の廉々を善く磨きたるとなり、士風の盛衰美惡も、却て是等の小事に著るゝ者なれば、人々能心を付べきとなり、行住坐臥暫放心、則必臨變失常、一生之恪勤於一事闕滅、變之至也、不可知、と云は、細行を矜たざれば遂に大德を累はすと云と、同一種の語にして、最も謹嚴なる語なり、余前篇に於て最も六なる事を論じ、此篇にては又小事を論ず、合せ考へて各當る所あるを知るべし、抑敬備覺悟の事は、徒に一武士の其身を守る宜しく然るべきのみに非ず、古の明君賢將は是を以て其身を守り、又其親臣大臣を戒め、又其諸士を戒め、又其庶民を戒む、一人の心は千萬人の心にて、君將の心玆に在る時は、臣民に及ぶと固より命令告諭を待つとなし、置郵して傳ふるよりも速ならん、是武備の最要なり、果して然らば、東西南北、夷寇交犯すとも、其相援ふや左右の手の如し、器械軍卒未だ備らずと雖ども、思已に半に過ぎん、若然らずんば、器械軍卒何程備りても、譬ば阿大夫の趙に鄲を攻られて救はず、衞に薛陵を取られても知らぬ如くにて、何ぞ其國を守るとを得んや、故に身を守るには人に寢首を搔れざる如く心懸くべし、國を守るには敵に寢城を拔かれざる如く心懸くべし、今天下の荷且宴安に耽り、人の不虞を襲ふに暇あらず、然ども、變は固より常に非るとなれば、變之至也不可知の訓、豈荷且にして可ならんや、
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『武教講録』・夙起夜寐・信と正義で粗暴にも怠惰にも陥らない是を濟ふは義に如くとなし、武士は甚仁柔を惡む、柔は惡德と云には非どれども、柔の弊は毎に懦緩事に及ばず怠惰に陷溺する者なり、是を振ふは義に如くとなし、此義は事の宜きに合ふて、而も果斷裁制を以て用をなすとなれば、暴戾怠惰の致すべきに非るなり、抑能信而不偽、常思士之正義而不可懈、是全交之道也、と云者深く其意を尋ぬへし、戰國の習として武勇の弊動すれば粗暴兇戾に陷り、瑣細の無禮答詞咎などより喧嘩鬪爭を生じ、人を討果し疵付すると多し、其風先師の時迄は專ら世に流行せり、是昇平、委靡、柔惰、無廉、無恥の風よりは遙かに勝りたれども、大丈夫國に許す所の堂々たる六尺の身を以て、區々私恐の爲に碎折するは誠に不忠なると也、忠義の士、是等の際に處するは信と正義を以てするの外はなし、己の信を以て人の僞を正し、己の正義を以て人の不義を正し、夜白片時も懈怠なくんば、粗暴兇戾の夫と云ども、心折意服するの暇あらざらんとす、全交の道何ぞ是に加る者あらんや、然ども、今余が目中復た戰國粗暴兇戾の夫を見るとなし、世反て信と正義を持する者を畏忌みて目して粗暴兇戾とするに至らんとす、世道の變、實に嘆息に勝ざると也、此篇の主意は、士たる者夙起より夜寐に至る迄、片時も空間無事にして居らぬ樣にとの敎也、諸君年少、吾此篇に就て、一繩墨を下して相共に玆に從事せん、閑則顧今日之行事の一語を見よ、顧ると云は、過たる事を回視するとなり、過たる事を回視するは冊記に如くはなし、願くは今日より更始し、各人一簿を作り日々の行事を詳錄し、會期に當て必ず攜て席に上り、各相切劘するの一端となさんと欲す、簿成らば表紙に身體髮膚、受之父母、不敢毀傷、孝之始也、立身行道、揚名於後世、

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