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武教講録 / 燕居・学びの日が短い世に求められる志

(十五大學に入しより三十迄、中間十五年なり、一經三年なれば、三五十五年にして五經終るなり)今世の人室家あると甚早く、仕官すると甚早く、其博學の日甚短し、且其學たる古人大躰を存し、經文を玩ぶの如きに非す、猥雜淺狹にして大義大節に暗し、宜なるかな、巨材碩學其人に乏しくして、事々苟且以て一日を涉ると、然ども、是人々の志にあるとなれば、今に當り內則を擧て左券とすと云とも益なきと也、或云、禮記に男子三十而有室、女子二十而嫁と云ども、歷代の律、乃ち男子十五、女子十三嫁娶を許す者は何ぞや、云く是庶人の制のみ、庶人の制固より斯の如くにして足れり、今有志の士、有用の學を勸め、有待の材を成さんと欲せば、自ら內則の制に從はざるとを得ず、且仕官の如き、尋常一樣庸俗の事を成は何ぞ必しも四十を待たん、是子孫の量を考で、弱冠たりと云ども、官途を經せしむべしと云所以なり、凡そ敎訓の言、人を待つに尋常を以てするあり、人に望むに絶異を以てする者あり、篇々語々心を付て見るべし、余が講ずる所と云ども、自ら二つ者の別なきとを得ず、讀者自ら待つに尋常を以てせんか、絶異を以てせんか、是其擇ぶと何如にあるのみ、(篇首の數句、本文に在ては特に起手の冒なれとも、是亦切要の論なれは、亦玆に述す、讀者其全篇言意の外に出るを怪むとなかれ、)

新字:(十五大学に入しより三十迄、中間十五年なり、一経三年なれば、三五十五年にして五経終るなり)今世の人室家あると甚早く、仕官すると甚早く、其博学の日甚短し、且其学たる古人大体を存し、経文を玩ぶの如きに非す、猥雑浅狭にして大義大節に暗し、宜なるかな、巨材碩学其人に乏しくして、事々苟且以て一日を渉ると、然ども、是人々の志にあるとなれば、今に当り内則を挙て左券とすと云とも益なきと也、或云、礼記に男子三十而有室、女子二十而嫁と云ども、歴代の律、乃ち男子十五、女子十三嫁娶を許す者は何ぞや、云く是庶人の制のみ、庶人の制固より斯の如くにして足れり、今有志の士、有用の学を勧め、有待の材を成さんと欲せば、自ら内則の制に従はざるとを得ず、且仕官の如き、尋常一様庸俗の事を成は何ぞ必しも四十を待たん、是子孫の量を考で、弱冠たりと云ども、官途を経せしむべしと云所以なり、凡そ教訓の言、人を待つに尋常を以てするあり、人に望むに絶異を以てする者あり、篇々語々心を付て見るべし、余が講ずる所と云ども、自ら二つ者の別なきとを得ず、読者自ら待つに尋常を以てせんか、絶異を以てせんか、是其択ぶと何如にあるのみ、(篇首の数句、本文に在ては特に起手の冒なれとも、是亦切要の論なれは、亦玆に述す、読者其全篇言意の外に出るを怪むとなかれ、)

書き下し

(十五大學に入しより三十迄、中間十五年なり、一經三年なれば、三五十五年にして五經終るなり)今世の人室家あると甚早く、仕官すると甚早く、其博學の日甚短し、且其學たる古人大躰を存し、經文を玩ぶの如きに非す、猥雜淺狹にして大義大節に暗し、宜なるかな、巨材碩學其人に乏しくして、事々苟且以て一日を涉ると、然ども、是人々の志にあるとなれば、今に當り內則を擧て左券とすと云とも益なきと也、或云、禮記に男子三十而有室、女子二十而嫁と云ども、歷代の律、乃ち男子十五、女子十三嫁娶を許す者は何ぞや、云く是庶人の制のみ、庶人の制固より斯の如くにして足れり、今有志の士、有用の學を勸め、有待の材を成さんと欲せば、自ら內則の制に從はざるとを得ず、且仕官の如き、尋常一樣庸俗の事を成は何ぞ必しも四十を待たん、是子孫の量を考で、弱冠たりと云ども、官途を經せしむべしと云所以なり、凡そ敎訓の言、人を待つに尋常を以てするあり、人に望むに絶異を以てする者あり、篇々語々心を付て見るべし、余が講ずる所と云ども、自ら二つ者の別なきとを得ず、讀者自ら待つに尋常を以てせんか、絶異を以てせんか、是其擇ぶと何如にあるのみ、(篇首の數句、本文に在ては特に起手の冒なれとも、是亦切要の論なれは、亦玆に述す、讀者其全篇言意の外に出るを怪むとなかれ、)

現代語訳

(十五で大学に入ってから三十まで、中間は十五年です。一経に三年なので、三×五で十五年で五経が終わります。)今の世の人は、家室を持つのが甚だ早く、仕官するのが甚だ早く、その博く学ぶ日が甚だ短いのです。しかもその学問は、古人の大体を保ち経文をじっくり味わうようなものではなく、雑多で浅く狭く、大義や大節に暗いです。巨材や碩学のような人が乏しく、事ごとに一時しのぎで一日を過ごすのも、当然のことです。しかしこれは人々の志にかかることなので、今になって内則を持ち出して証文としても益はない、というのです。ある人が言う。『礼記』に「男子は三十で室を持ち、女子は二十で嫁ぐ」とあるのに、歴代の律令が男子十五、女子十三で嫁娶を許すのはなぜか。答える。これは庶人の制度に過ぎない。庶人の制度はもともとこれで足りる。今、志のある士が、有用の学を勧め、将来を待つ材を成そうとするなら、自ら内則の制に従わないわけにはいかない。また仕官のように、ありふれた凡庸な事を成すには、何も四十を待つ必要はない。これは子孫の力量を考えて、若年であっても官途を経験させるべきだというゆえんです。およそ教訓の言には、人を扱うのに尋常をもってするものと、人に望むのに絶異(並外れた水準)をもってするものがあります。篇々語々に心を付けて見るべきです。私が講ずるところでも、自らこの二つの別がないわけにはいきません。読者が自らを尋常として待遇するか、絶異をもって待遇するか、その選び方次第です。(篇首の数句は、本文では特に冒頭の導入ですが、これもまた切要の論なので、ここに述べました。読者は全篇の言意の外に出ることを怪しまないでください。)

解説

早くから役につくと博く学ぶ期間が短くなり、学びが雑多で浅く、大義に暗い人材ばかりになる、と嘆いています。また教訓には、並の人に向けたものと、並外れた水準を望むものがあり、どちらを自分に課すかは読み手の選択だと述べます。現代の管理職も、若手を早く現場に出す利点と、基礎を深く学ぶ時間の確保とのバランスを考える必要があります。そして自分自身にどの水準を求めるのかを、あらためて決めることが成長の出発点です。

この章句が説くこと

武教講録吉田松陰燕居学ぶ年月基礎の学び自己の水準

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