武教講録 / 夙起夜寐・早起きから始め平旦の気を養う
夙起夜寐を以て一篇の標題とす、知るべし、此篇武士一日中の敎戒洩す所なく、且下諸篇の綱領たるとを、而して、其著實切要復た辯を費さず、只句々是を身に行て己が德を成すべし、養平旦之氣は、委しく孟子告子上篇に見へたる通にて、即ち所謂浩然之氣を養ふの(公孫丑上篇)工夫なり、凡そ人は浩然の氣なければ、才も智も用に立つ者に非ず、此氣は血氣客氣に非ず、人の本心より靄然として湧出し、何如なる大敵猛勢にも懼れず、小敵弱勢をも侮らず、何如なる至難大難をも恐怖せず、宴安逸樂にも解體せず、確乎として守る所あり、奮然として勵む所あるの氣是也、浩然の氣を養ふは平旦の氣を養ふより始まる、夙起、盥嗽櫛、正衣服、佩用具、皆平旦の氣を養ふの方法なり、體認君父之恩情、思量今日之家業、觀孝之終始に至ては、最も養氣の根本たり、其下云ふ所、家事、賓客、事君、事父、侍長、會友、顧行、披書、爲夜戒に至る迄、終日の事一として養氣に非るはなし、入寢所休氣寬體に至ては、又明旦の氣を預め今夜より養ふ所以なり、此工夫を積て終始少も厭改なくんば、浩然の氣果して及び難からず、體認君父之恩情は、是忠孝の本なり、思量今日之家業は、是武道の本なり、先師人を敎ゆる忠孝武の三道鼎立を以て示せり、然ども、忠孝は即武也、武は即ち忠孝也、忠孝を心に存して體とし、武を以て行に發し用とすと云て可なり、武は所謂戈止の武にして文武の統名也、彼偏武の謂に非ず、又腐儒の知る所に非ず、武の眞理は武敎全書の首に於て委しく考ふべし、此篇士之正義と云ひ、義不義之行と云、其他諸篇毎々義を擧て敎とす、先師武士へ施さるゝ的劑全く義の一字にあると也、武士は武勇を以て主とするとなれども、勇の弊は或は暴戾に陷るとあり、
新字:夙起夜寐を以て一篇の標題とす、知るべし、此篇武士一日中の教戒洩す所なく、且下諸篇の綱領たるとを、而して、其著実切要復た弁を費さず、只句々是を身に行て己が徳を成すべし、養平旦之気は、委しく孟子告子上篇に見へたる通にて、即ち所謂浩然之気を養ふの(公孫丑上篇)工夫なり、凡そ人は浩然の気なければ、才も智も用に立つ者に非ず、此気は血気客気に非ず、人の本心より靄然として湧出し、何如なる大敵猛勢にも懼れず、小敵弱勢をも侮らず、何如なる至難大難をも恐怖せず、宴安逸楽にも解体せず、確乎として守る所あり、奮然として励む所あるの気是也、浩然の気を養ふは平旦の気を養ふより始まる、夙起、盥嗽櫛、正衣服、佩用具、皆平旦の気を養ふの方法なり、体認君父之恩情、思量今日之家業、観孝之終始に至ては、最も養気の根本たり、其下云ふ所、家事、賓客、事君、事父、侍長、会友、顧行、披書、為夜戒に至る迄、終日の事一として養気に非るはなし、入寝所休気寛体に至ては、又明旦の気を預め今夜より養ふ所以なり、此工夫を積て終始少も厭改なくんば、浩然の気果して及び難からず、体認君父之恩情は、是忠孝の本なり、思量今日之家業は、是武道の本なり、先師人を教ゆる忠孝武の三道鼎立を以て示せり、然ども、忠孝は即武也、武は即ち忠孝也、忠孝を心に存して体とし、武を以て行に発し用とすと云て可なり、武は所謂戈止の武にして文武の統名也、彼偏武の謂に非ず、又腐儒の知る所に非ず、武の真理は武教全書の首に於て委しく考ふべし、此篇士之正義と云ひ、義不義之行と云、其他諸篇毎々義を挙て教とす、先師武士へ施さるゝ的剤全く義の一字にあると也、武士は武勇を以て主とするとなれども、勇の弊は或は暴戻に陥るとあり、
書き下し
夙起夜寐を以て一篇の標題とす、知るべし、此篇武士一日中の敎戒洩す所なく、且下諸篇の綱領たるとを、而して、其著實切要復た辯を費さず、只句々是を身に行て己が德を成すべし、養平旦之氣は、委しく孟子告子上篇に見へたる通にて、即ち所謂浩然之氣を養ふの(公孫丑上篇)工夫なり、凡そ人は浩然の氣なければ、才も智も用に立つ者に非ず、此氣は血氣客氣に非ず、人の本心より靄然として湧出し、何如なる大敵猛勢にも懼れず、小敵弱勢をも侮らず、何如なる至難大難をも恐怖せず、宴安逸樂にも解體せず、確乎として守る所あり、奮然として勵む所あるの氣是也、浩然の氣を養ふは平旦の氣を養ふより始まる、夙起、盥嗽櫛、正衣服、佩用具、皆平旦の氣を養ふの方法なり、體認君父之恩情、思量今日之家業、觀孝之終始に至ては、最も養氣の根本たり、其下云ふ所、家事、賓客、事君、事父、侍長、會友、顧行、披書、爲夜戒に至る迄、終日の事一として養氣に非るはなし、入寢所休氣寬體に至ては、又明旦の氣を預め今夜より養ふ所以なり、此工夫を積て終始少も厭改なくんば、浩然の氣果して及び難からず、體認君父之恩情は、是忠孝の本なり、思量今日之家業は、是武道の本なり、先師人を敎ゆる忠孝武の三道鼎立を以て示せり、然ども、忠孝は即武也、武は即ち忠孝也、忠孝を心に存して體とし、武を以て行に發し用とすと云て可なり、武は所謂戈止の武にして文武の統名也、彼偏武の謂に非ず、又腐儒の知る所に非ず、武の眞理は武敎全書の首に於て委しく考ふべし、此篇士之正義と云ひ、義不義之行と云、其他諸篇毎々義を擧て敎とす、先師武士へ施さるゝ的劑全く義の一字にあると也、武士は武勇を以て主とするとなれども、勇の弊は或は暴戾に陷るとあり、
現代語訳
『夙起夜寐』を一篇の標題としています。知るべきことは、この篇は武士の一日の教えを漏らさず含み、かつ以下の諸篇の綱領であるということです。その実践は切実で要となるものですから、改めて弁じるまでもなく、ただ一句一句を身に行って自分の徳を成すべきです。「平旦の気を養う」ことは、詳しくは『孟子』告子上篇に見えるとおりで、すなわち浩然の気を養う工夫(公孫丑上篇)です。およそ人は浩然の気がなければ、才も智も役に立ちません。この気は血気や一時の勢いではなく、人の本心からおだやかに湧き出て、どのような大敵や猛勢にも恐れず、小さな敵や弱い勢いも侮らず、どんな至難や大難にも恐れおののかず、安楽や逸楽にも緩まず、しっかりと守るところがあり、奮い立って励むところがある気をいいます。浩然の気を養うことは、平旦の気を養うことから始まります。早起きし、顔を洗い口をすすぎ髪をとかし、衣服を整え、必要な道具を身につけることは、みな平旦の気を養う方法です。君と父の恩情を体認し、今日の家業を思い量り、孝の始終を観ずることに至っては、最も気を養う根本です。その下で言う、家事、賓客、君に仕え、父に仕え、年長者に侍り、友と会い、行いを顧み、書を披き、夜の戒めをなすに至るまで、終日の事で気を養わないものは一つもありません。寝所に入って気を休め体をゆるめることは、また翌朝の気をあらかじめ今夜から養うゆえんです。この工夫を積んで、終始少しも飽きたり改めたりしなければ、浩然の気はきっと及びがたいものではありません。君と父の恩情を体認することは、忠孝の本です。今日の家業を思い量ることは、武道の本です。先師は人を教えるのに、忠・孝・武の三道が鼎立することを示されました。しかし、忠孝は武であり、武は忠孝です。忠孝を心に保って体とし、武を行いに発して用とする、と言ってよいでしょう。武はいわゆる戈を止めるという武で、文武を合わせた統名であり、あの偏った武のことではなく、また腐った儒者の知るところでもありません。武の真理は武教全書の冒頭で詳しく考えるべきです。この篇が「士の正義」と言い、「義不義の行い」と言い、そのほかの諸篇も毎回義を挙げて教えとしているのは、先師が武士に施された処方が、すべて義の一字にあるということです。武士は武勇を主とするものですが、勇の弊害は、ときに乱暴で道理に背くことに陥ることです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『弁名』義人多く礼の先王の礼為るを知りて、義も亦た先王の義為るを知らず。故に其の解皆通ぜず。蓋し義は道の分なり。千差万別、各〻宜しき所有り。故に曰く、「義は宜なり」と。先王既に其の千差万別なる者を以て、制して以て礼と為す。学者猶ほ其の之を制する所以の意を伝ふ。是れ所謂礼の義なり。而して其の空言を以て伝ふる者、是れ所謂義なり。故に礼義は皆古より之を伝ふ。豈に先王の義に非ずや。
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『武士訓』卷三・第6段たとえば。人ありて。命を千貫萬貫にかへんかといふとも。かゆるものあるべからず。さほど大切なる命なれども。義によつて拋こと。塵よりも輕し。しかるときは。義ほどにおもきもの。世にあるべからず。源致雄歌に「いのちをばかろきになしてものゝふの道よりおもき道やらめやは(風雅集に見えたり。)
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『講孟余話』盡心上 第三十四章是れ上章「其の有に非ずして之を取るは義に非ず」と云ふに因りて、陳仲子の義、大義とするに足らず、只是れ簞食豆羹を舎つるの義なるを云ふ。陳仲子の事は、滕文公下篇末章に詳らかなり。仲子兄を避け母を離れ、吾が禄を食はず、これ親戚・君臣・上下を亡みするなり。已に人の大倫を外したる人なれば、他の小義は復た云ふに足る者なし。今斉国大なる如しと云へども、畢竟簞食豆羹と異なることなし。孟子論ずる所は物の大小に非ず、乃ち義の大小なり。是れを以て知るべし、聖人は人倫の至りにて、聖人の道は又人倫を以て大綱とす。受与の際に至りては、特に其の細目のみ。夷・斉の餓死する如くにして君臣の義あり、匡章の養はれざる如くにして、却つて父子の親ありと知るべし。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一君子の道は、すべき事を行ひ、すまじき事をせず。これ義なり。好むべき事を好み、好むまじき事を好まず。是善なり。君子の道はかくの如きのみ。是孟子の語意なり。一人の知は目のごとし。人の目はよく百里の外を見れども、わが睫を見がたし。人の智よく他人の悪を知れども、わが身の悪を知らず。人をみることは常に明なり。私なければなり。自ら見ることは常にくらし。私あればなり。ここを以て、人の過をせむる事はきびしく、わが悪をゆるす事はゆるやかなり。
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『五常訓』巻之四・義一中庸曰く、義は宜なり、賢を尊ぶを大なりと為す。朱子章句に云く、宜とは事理を分別して、各宜しき所有るなり。周子も、宜を義と曰ふ。釈名曰く、義は宜なり、事物を裁制して、宜しきに合はしむるなり。諸説皆宜しきを以て義とす。宜しきとは、万事万物の品にしたがひ、其理をわきまへて、相応するを云ふ。朱子は、義は心の制、事の宜といへり。制とは、たちわかつ意。裁判するなり。心の制とは、心中に善悪をわかつ所の理あるを云ふ。義の心にあるは、利刀の如し。物来れば、刀を以てたてば二となる。善悪を決断する事、かくの如し。是心の制なり。義の体とす。事之宜とは、諸事に相応して、其理の宜しきにしたがふを云ふ。是義の用とす。事之宜は、心の制ありて、善悪をたちわかちて後の事なり。人を愛するは仁なり。
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『晏子春秋』雑上・崔慶劫齊將軍大夫盟晏子不與崔杼既に莊公を弑して景公を立て、杼と慶封と之を相け、諸将軍大夫、及び顕士庶人を太宮の坎上に劫し、盟わざるを得ざらしむ。壇を為ること三仞、其の下を塪り、甲千を以て列ねて其の内外を環らす。盟う者皆剣を脱して入る。維だ晏子のみ肯んぜず、崔杼之を許す。敢えて盟わざる者有らば、戟其の頸を鉤し、剣其の心を承く。自ら盟わしめて曰く、「崔・慶に与せずして、公室に与する者は、其の不祥を受けん」と。言疾からず、指血に至らざる者は死す。殺す所七人。次いで晏子に及ぶ。晏子杯血を奉じ、天を仰ぎて歎じて曰く、「嗚呼。崔子は無道を為して其の君を弑す。公室に与せずして崔・慶に与する者は、此の不祥を受けん」と。俛して血を飲む。崔杼、晏子に謂いて曰く、「子、子の言を変えれば、則ち斉国は吾子と之を共にせん。子の言を変えざれば、戟既に脰に在り、剣既に心に在り、維だ子之を図れ」と。晏子曰く、「吾を劫すに刃を以てして其の志を失うは、勇に非ざるなり。吾を回すに利を以てして其の君に倍くは、義に非ざるなり。崔子、子独り夫の詩を為まざるか。詩に云う、『莫莫たる葛藟、条枚に施く。愷悌たる君子、福を求めて回ならず』と。今嬰且に以て回りて福を求む可けんや。曲刃もて之を鉤し、直兵もて之を推すとも、嬰は革まらず」と。

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