武訓 / 下・第26段
使番は、敵陣をうかゞひ、大將の心を、身方の士卒にいひ渡す役なり。軍の道をしれる、少しなりとも智仁勇ある功者を用ふべし。士卒をはげまし、士卒をよわめ、士卒をころし、士卒の心、大將に和し、大將にそむくも、使番のしわざおほし。必、其の人をえらぶべし。自餘の有司より、其の職おもし。
新字:使番は、敵陣をうかゞひ、大将の心を、身方の士卒にいひ渡す役なり。軍の道をしれる、少しなりとも智仁勇ある功者を用ふべし。士卒をはげまし、士卒をよわめ、士卒をころし、士卒の心、大将に和し、大将にそむくも、使番のしわざおほし。必、其の人をえらぶべし。自余の有司より、其の職おもし。
書き下し
使番は、敵陣をうかゞひ、大將の心を、身方の士卒にいひ渡す役なり。軍の道をしれる、少しなりとも智仁勇ある功者を用ふべし。士卒をはげまし、士卒をよわめ、士卒をころし、士卒の心、大將に和し、大將にそむくも、使番のしわざおほし。必、其の人をえらぶべし。自餘の有司より、其の職おもし。
現代語訳
使番は、敵陣をうかがい、大将の心を味方の士卒に言い渡す役である。軍の道を知り、少しでも智・仁・勇のある功者を用いるべきである。士卒を励まし、士卒を弱らせ、士卒を死なせ、士卒の心が大将に和し、あるいは大将にそむくのも、使番のしわざが多い。必ず、その人を選ぶべきである。ほかの有司よりも、その職は重い。
解説
使番という役の重さを説く段です。使番は、敵陣をうかがい、大将の意向を士卒に伝える役とされ、軍の道を知る功者で、少しでも智・仁・勇を備えた人を選ぶよう求められています。士卒が奮い立つか弱るか、大将に和すかそむくかは、使番の働きによるところが大きいと述べ、他の有司よりも職は重いとします。現代の組織でも、経営層と現場の間をつなぐ中間管理職や伝達役の質が、現場の士気や方針の理解を大きく左右します。伝える役の人選を軽く見ないことが、組織の和を守る手当てになります。
この章句が説くこと
使番伝達人選士気中間武訓
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