甲陽軍鑑 / 品第六
ある時信長公の母公の方より代物十疋ばかりもて來り手ならひ朋友共、或は近邊の子共を三十人ばかりよびあつめ、竹木の枝にて鑓や刀を拵へたゝき合べき企てをしてかの代物を取出し、わが味方にして能者に二錢三錢つゝとらせ其後二つにわかりたゝきあひ、ふまゝにたゝきかち快氣して歸り給ふ、其時味方の子共云やうは、先に殘りたる錢を給はれとてぞ取たりける、寺の法印是を見て、さてはたのもしき人なり、かならず後にほまれの良將とならるべし、たゝきあふべき前に大勢の中にてよき者をゑらび出し代物をとらせ殘して後の分別あるはたゝ人にはなかるまじきと、ほめたる時の歲は十三の御時なり、
新字:ある時信長公の母公の方より代物十疋ばかりもて来り手ならひ朋友共、或は近辺の子共を三十人ばかりよびあつめ、竹木の枝にて鑓や刀を拵へたゝき合べき企てをしてかの代物を取出し、わが味方にして能者に二銭三銭つゝとらせ其後二つにわかりたゝきあひ、ふまゝにたゝきかち快気して帰り給ふ、其時味方の子共云やうは、先に残りたる銭を給はれとてぞ取たりける、寺の法印是を見て、さてはたのもしき人なり、かならず後にほまれの良将とならるべし、たゝきあふべき前に大勢の中にてよき者をゑらび出し代物をとらせ残して後の分別あるはたゝ人にはなかるまじきと、ほめたる時の歳は十三の御時なり、
書き下し
ある時信長公の母公の方より代物十疋ばかりもて来り手ならひ朋友共、或は近辺の子共を三十人ばかりよびあつめ、竹木の枝にて鑓や刀を拵へたゝき合べき企てをしてかの代物を取出し、わが味方にして能者に二銭三銭つゝとらせ其後二つにわかりたゝきあひ、ふまゝにたゝきかち快気して帰り給ふ、其時味方の子共云やうは、先に残りたる銭を給はれとてぞ取たりける、寺の法印是を見て、さてはたのもしき人なり、かならず後にほまれの良将とならるべし、たゝきあふべき前に大勢の中にてよき者をゑらび出し代物をとらせ残して後の分別あるはたゝ人にはなかるまじきと、ほめたる時の歳は十三の御時なり、
現代語訳
ある時、信長公の母公の方から代物が十疋ばかり持って来られた。手習い仲間や、あるいは近辺の子どもを三十人ばかり呼び集め、竹木の枝で槍や刀をこしらえて叩き合う企てをして、あの代物を取り出し、我が味方にして強い者に二銭三銭ずつ与え、その後に二つに分かれて叩き合い、思うままに叩き勝ち、快気して帰られた。その時、味方の子どもらが言うには、先に残った銭を渡せと言って取っていった。寺の法印はこれを見て、さてはこれは頼もしい人である、必ず後には誉れの良将となられよう。叩き合う前に大勢の中からよい者を選び出して代物を与え、残しておいて後に配る分別があるのは、ただ人ではあるまい、と褒めた。その褒めた時の歳は十三の御時である。
解説

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