大和俗訓 / 巻之三・心術上
一仁は人をあはれみ、物をそだつる善心なり。是天地のめぐみの心をうけて、人の心とする所なり。故に孟子に、仁は人の心なりといへり。人ごとに生れつきたる本心なり。君子は此本心を失はず、おのれを愛する心を以て人を愛し、人我のへだてなし。小人はひとへに我が身を愛して人を愛せず、人我のへだて深し。是私欲あればなり。是を不仁と云ふ。人たるものは仁を以て心とすべし。不仁の人は、本心を失ひ、人道をほろぼし、天道にそむく、此故に、人の尤いましむべき事、不仁より先なるはなし。不仁は天地人のにくむ所なり。故につひに天罰をかうぶりて、わざはひあり。其上子孫までも報ふものなり。天道おそるべし。此道理、古今からやまと、ためし多し。違ふことなし、疑ふべからず。
書き下し
一仁は人をあはれみ、物をそだつる善心なり。是天地のめぐみの心をうけて、人の心とする所なり。故に孟子に、仁は人の心なりといへり。人ごとに生れつきたる本心なり。君子は此本心を失はず、おのれを愛する心を以て人を愛し、人我のへだてなし。小人はひとへに我が身を愛して人を愛せず、人我のへだて深し。是私欲あればなり。是を不仁と云ふ。人たるものは仁を以て心とすべし。不仁の人は、本心を失ひ、人道をほろぼし、天道にそむく、此故に、人の尤いましむべき事、不仁より先なるはなし。不仁は天地人のにくむ所なり。故につひに天罰をかうぶりて、わざはひあり。其上子孫までも報ふものなり。天道おそるべし。此道理、古今からやまと、ためし多し。違ふことなし、疑ふべからず。
現代語訳
仁とは、人をあわれみ、物を育てる善い心です。これは天地の恵みの心を受けて、人の心としたものです。だから孟子に「仁は人の心なり」とあります。人それぞれに生まれつき備わった本心です。君子はこの本心を失わず、自分を愛する心で人を愛し、自分と他人の隔てがありません。小人はひたすら自分の身を愛して人を愛さず、自分と他人の隔てが深いのです。これは私欲があるからです。これを不仁といいます。人たる者は仁を心とすべきです。不仁の人は本心を失い、人の道を滅ぼし、天道に背きます。ですから、人が最も戒めるべきことで、不仁より先にくるものはありません。不仁は天・地・人の憎むところです。だから最後には天罰を受けて災いがあります。そのうえ子孫にまで報いが及ぶものです。天道は恐るべきです。この道理は、昔も今も、中国にも日本にも例が多くあります。違うことはありませんから、疑ってはいけません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓下仁者は、将となりても人を多くころさず。しからば将たること数代なりとも、何ぞ害あらんや。若不仁にして人を多くころしたる人は、三世にかぎらず、一代将となりても、其子孫断絶せし人、古今其ためし多し。天道不仁をにくみ給ふこと、これを以て知るべし。其理たがはず、うたがふべからず。天道おそるべし、あきらかなり。
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『童子問』卷中問ふ。如何なるか是れ王者の徳。曰く、天下に王たれば、則ち天下の天道たり。一国に君たれば、則ち一国の天道たり。一家の主たれば、則ち一家の天道たり。夫れ天に私覆無く、地に私載無く、日月に私照無し。窮谷深澗、牆陰屋下の地と雖も、太陽の気至らざる所靡し。一鱗介一萌芽の微も、其の気を稟けて以て生ぜざるは莫し。故に古昔の王者は、天道に法りて以て徳と為す。所謂天地の道を裁成輔相して、以て民を左右す、是れなり。故に其の位を天位と曰ひ、其の職を天職と曰ふ。書に曰く、天工人其れ之に代はる、と。百官有司も、亦当に王者の心を以て心と為すべきを明らかにするなり。伊尹曰く、天下の民、匹夫匹婦、堯舜の沢を被るに与らざる者有らば、己推して之を溝中に内るるがごとし、と。此れ伊尹の天職を以て己の任と為すなり。民は至賤なり、王は至貴なり。然るに民の父母を以て王者の美称と為すは、何ぞや。夫れ子の父母に於けるや、其の身を後にして其の父母を先にし、其の身を捨てて以て其の父母を保ち、死生患難、惟其の父母を之れ愛護す。王者は天下の楽しみを楽しみ、天下の憂ひを憂へ、民を以て其の赤子と為す。故に民も亦其の上を親戴すること、猶ほ其の父母のごとく、響きのごとく応じ影のごとく従ひ、唯其の欲する所のままにして、天下に敵すべきの愾無く、四方に禦ぐべきの寇無し。東面して征すれば西夷怨み、南面して征すれば北狄怨む。書に曰く、吾が后を徯つ、后来たらば其れ蘇らん、と。民の父母を以て王者の美称と為す、亦宜ならずや。
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『翁問答』下卷之末夫仁は天神地祇の人物を発育したまふ神道にして、人間慈愛の神理なり、もとより親親仁民愛物生理の時にそむきては、一草一木をも切らざるは仁者の常なれども、天道をおそれず悪逆をして生理をそこなふ科人をば殺すをもて仁とするなり、殺と不殺との事になずみて、仁不仁を論ずるは愚痴なる凡夫の心得なり、殺べき罪科ありて殺さゞれば神道の生理をそこなふによつて科なき者をころすとひとしき不仁なり、しかるに今仏氏の殺生戒は、のみしらみをも殺さゞる法なれば、まして人間をば主親をころせる悪人にても宥て不殺を本とす、これを仁に似たる不仁、善に似たる悪、是に似たる非と云なり、加様のにせものをもて正真の神理にくらべられ候はんや、
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『十善法語』巻第一・不殺生戒此中初ニ人事ヲ全クシテ不殺生戒ヲ護持スル。人事カ全ケレハ自ラ天道アルコトヲ知ル。天道カ全ケレハ自ラ本性ニ達スル。生死相続縁起ノ趣ニ通達スル時節アルヘキシヤ。天地ノ天地タル所。大人ノ大人タル所ハ。生トシ生ル者ニ悉ク其所ヲ得セシムルニアル。万物ヲ各各生育メ止マヌ処ニアル。仏出世ニモアレ。仏不出世ニモアレ。此道常ニ存在シテ。世間ニ住スルシヤ。支那国ニモ。大人君子ハ自ラ此心アルシヤ。左伝ニ。叔了軍タチシテ費ヲ囲ム。初敗軍ス。平子怒テ云。費人ヲ見ハ執ヘヨト。冶区夫云。然ラス。若費人ヲ見ハ。寒タル者ニハ衣ヲ与ヘ。飢タル者ニハ食ヲ与ヘヨト。平子コレニ従フ。一年ヲ経テ其功有タト云コトシヤ。
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『初学訓』巻之五一およそ、人は、若き時より老に至るまで、悪しき友に近づかず、益ある師友を求め択びて近づくべし。人に交るに、謙りて、わが才智を以て人にほこらず、古の聖人の道を学び、わが心を修め、愚なる心の惑をさりて、知を明らかに開き、仁心をふかく保ち、孝を先として、人倫をあつく愛し、日々に、わが力にしたがひて、善を行ひておこたらず、常に、人に益あることをなして、人を妨げず、悪道を畏れ敬ひ、身を終るまで、天地の道にしたがひ仕へ奉るべし。人となれる者、一生の間つとむべき道此外に更にあるべからず。老いては同じことするならひなれば、かへすがへす申し侍る。天道は必ずおそるべし、侮るべからず。
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『益軒家訓』幼児須教一学問の大綱は、大学の経の文、朱子の学規を以て法則とす。必天地聖人の道に背きて、仏氏の教に従ふべからず。若仏氏に従ふ者あらば、父祖の遺訓に背き、不孝の罪に陥るのみならず、天地神明の道に背く。故に天地神明の罪人なるべし。天道は至公にして、其咎なしといへども、恐るべき事なり。但不仁は天の責を身にうけ、子孫に報ふ事影響の如し、畏るべき事の甚しきなり。
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