武訓 / 下・第9段
敵に對し勝負を爭ふ時、はやり過ぎて勇むを貴ばず。しづまりてこらふるを貴ぶ。是、敵にかつ道なり。只、忍ぶをかたしとす。忍は、こらふるなり。敵に對して、しづまりてよくこらへ、はやく手を出して、まづうごくべからず。勇み過ぎてこらへず、はやり過ぎてまづ動けば、敵わが非を見てうつゆゑに、わがまけとなる。兩人相戰うて、勝負いまだわかれず、敵の動きを見て、其のすきまをうてば、かちやすし。此の故に、先動く者はまけ、後起るものはかつ。忍は、まことに一字千金の兵法なり。おろそかにおもふべからず。是、古人の說なり。三略にも、變動は常なし、敵によつて轉化す、事の先とならず、動きて則したがふといへるが如し。はやり過ぎて、こなたより早く動けば、まけやすし。よくこらへてうごかざるはかたし。故に、よく忍ぶをたつとぶ。かる〳〵しく動くべからず。利を見ずして、妄に動けば、敗れやすし。君子は、重をもつて輕を制し、靜を以て動をまつ。神全く氣定まりて、心うごかざるをたつとぶ。
新字:敵に対し勝負を争ふ時、はやり過ぎて勇むを貴ばず。しづまりてこらふるを貴ぶ。是、敵にかつ道なり。只、忍ぶをかたしとす。忍は、こらふるなり。敵に対して、しづまりてよくこらへ、はやく手を出して、まづうごくべからず。勇み過ぎてこらへず、はやり過ぎてまづ動けば、敵わが非を見てうつゆゑに、わがまけとなる。両人相戦うて、勝負いまだわかれず、敵の動きを見て、其のすきまをうてば、かちやすし。此の故に、先動く者はまけ、後起るものはかつ。忍は、まことに一字千金の兵法なり。おろそかにおもふべからず。是、古人の説なり。三略にも、変動は常なし、敵によつて転化す、事の先とならず、動きて則したがふといへるが如し。はやり過ぎて、こなたより早く動けば、まけやすし。よくこらへてうごかざるはかたし。故に、よく忍ぶをたつとぶ。かる〳〵しく動くべからず。利を見ずして、妄に動けば、敗れやすし。君子は、重をもつて軽を制し、静を以て動をまつ。神全く気定まりて、心うごかざるをたつとぶ。
書き下し
敵に對し勝負を爭ふ時、はやり過ぎて勇むを貴ばず。しづまりてこらふるを貴ぶ。是、敵にかつ道なり。只、忍ぶをかたしとす。忍は、こらふるなり。敵に對して、しづまりてよくこらへ、はやく手を出して、まづうごくべからず。勇み過ぎてこらへず、はやり過ぎてまづ動けば、敵わが非を見てうつゆゑに、わがまけとなる。兩人相戰うて、勝負いまだわかれず、敵の動きを見て、其のすきまをうてば、かちやすし。此の故に、先動く者はまけ、後起るものはかつ。忍は、まことに一字千金の兵法なり。おろそかにおもふべからず。是、古人の說なり。三略にも、變動は常なし、敵によつて轉化す、事の先とならず、動きて則したがふといへるが如し。はやり過ぎて、こなたより早く動けば、まけやすし。よくこらへてうごかざるはかたし。故に、よく忍ぶをたつとぶ。かる〳〵しく動くべからず。利を見ずして、妄に動けば、敗れやすし。君子は、重をもつて輕を制し、靜を以て動をまつ。神全く氣定まりて、心うごかざるをたつとぶ。
現代語訳
敵に対して勝負を争うとき、はやり過ぎて勇むことは貴ばれません。静まって堪えることが貴ばれます。これが敵に勝つ道です。ただ、忍ぶことは難しいのです。忍とは、堪えることです。敵に対して、静まってよく堪え、早く手を出して先に動いてはなりません。勇み過ぎて堪えず、はやり過ぎて先に動けば、敵はこちらの非を見て討つので、こちらの負けになります。両人が相戦って、勝負がまだ分かれないとき、敵の動きを見て、その隙を討てば、勝ちやすいのです。このために、先に動く者は負け、後から起こる者は勝ちます。忍は、まことに一字千金の兵法です。おろそかに思ってはなりません。これは古人の説です。『三略』にも、「変動は常がなく、敵によって転化する。事の先とならず、動いてから従う」とあるようなことです。はやり過ぎて、こちらから早く動けば、負けやすいのです。よく堪えて動かないのは難しいことです。だから、よく忍ぶことを貴ぶのです。軽々しく動いてはなりません。利を見ずに、みだりに動けば、敗れやすいのです。君子は、重をもって軽を制し、静をもって動を待ちます。神が全く、気が定まって、心が動かないことを貴びます。
解説
この章句が説くこと
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